Thursday, October 15, 2015

自分自身の島

次のティク・ナット・ハンのビデオを 32:21~38:30 迄ご覧ください。


引用:
入滅の約4~3か月前、仏陀は自分の弟子、特に僧院の弟子に、マインドフルネス、集中、洞察の実践についてよく話していました。仏陀はまた、自分自身の島に帰依することについても彼らに話しました。これは実践の非常に美しいイメージです。私たち一人一人は内面に島を持っています。そして、その島には平和、安全、愛、幸せ、美しさがあります。実践とは、自分の内面にあるその島へ戻ることです。平和の島、マインドフルネスの島、集中の島、洞察の島へ。

そして、その島では、あなたは自分自身(本当の自分)に遭遇し、仏(仏陀)・法(ダルマ)・僧(サンガ)に遭遇します。あなたは、あなたの先祖に遭遇します。あなた自身の基盤に遭遇します。実践の経験が浅く、仏陀の死を耳にすると苦しむであろう弟子がいることを、仏陀は知っていました。ですから、仏陀は彼らがあまり苦しまないように、前もって彼らに心の準備をさせたかったのです。仏陀は、 「親愛なる友よ、あなた自身の中に島があります。その島には、仏陀がいて、ダルマがあり、サンガがあります。あなた自身の中の島に帰依してください。あなた自身の外部の他の何ものにも帰依してはなりません」」と言いました。

そして、仏陀はガンジス川の北にある、ヴァイシャリの街周辺の弟子たちの多くのグループにその教えを繰り返しました。パーリ語の語群では、(アタ・リパ・サラナ?)です。 (アタ?)は自己を意味し、(リパ?)はあなた自身の中の島を意味し、(サラナ?)は避難所を意味します。あなた自身の島に帰依するのです。そして、これはプラム・ビレッジの実践でもあります。なぜなら、あなたがプラム・ビレッジに来ると、私たちは自分自身、自分自身の島に戻ることができるように、マインドフルな呼吸、マインドフルな歩行と座禅の実践を提供することになっているからです。

日常生活の中で私たちが実践者でないなら、破壊と共に暮らすことになります。私たちはマインドフルネスの実践をしませんので、集中していません。ですから、私たちはいつも自分自身を失っているのです。私たちは思考、音、視覚、触覚、等多くのものによって、捕捉されています。私たちは自分自身になれるはずがありません。私たちは、内面に非常に安全で、非常に平和で、非常に安定した、自分自身の島があることを知りません。私たちは常に過去、未来、自分のプロジェクト、不安、悲しみ、渇望によって引き離されながら暮らしているから、苦しむのです。

私たちは本当に美しい、堅実な、守ってくれる、癒してくれるものに手を伸ばしたいし、触れたいです。しかし、私たちは自分自身ではありませんので、そうすることができませ​​ん。あなたがそこに居ない時、あなた自身でない時、あなたはあらゆるものと通ずることが全くできません。ですから、触れるため、通ずるための前提条件は、自分自身になることです。自分自身になることが実践なのです。マインドフルな呼吸、歩行の手段によって、自分自身の島に戻ることにより、あなたは本当に自分自身に戻ります。すると、あなたは仏陀、ダルマ、サンガを含む、全てのものと通ずる状況にあります。
:引用おわり

(参考)http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

ティク・ナット・ハン