Thursday, April 30, 2015

マインドフルネス(念)の実習

以下のティク・ナット・ハンのビデオをご覧ください。 
https://www.youtube.com/watch?v=GLXcCYF43P8  


鍵となる語句は次の通りです。

(0:35:00)
今日は、「今日の日」です。

(0:54:00)
考えるのを止めることは大きな成果です。

(1:00:00)
マインドフルネス(念)は、仏陀のエネルギーです。

(1:06:00)
体、心、呼吸がマインドフルネスの実践の三要素です。三要素の一つで起こっている良いことは、他の二つに効果があります。

(1:07:00)
マインドフルネスのエネルギーは私たちの吸う息と吐く息を抱きしめます。そして、呼吸のマインドフルネスは私たちの体を抱きしめます。

(1:24:00)
仏陀は、第一にあなたの呼吸と、第二にあなたの体と、第三にあなたの感覚や感情と、非常に科学的に調和します。

(1:31:00)
仏陀は、滋養が癒しと同調する必要があることに気付いています。滋養は癒しの一部なのです。

(1:37:00)
喜びと幸せは捨てることによって生まれます。幸福の観念は障害です。私たちは幸せになるための概念や観念を手放す必要があります。私たちは喜びと幸せをもたらすために、見方に対する執着を手放す必要があります。

(1:54:00)
私たちは、手放す能力、マインドフルである能力、集中する能力によって、今、ここで喜びと幸福に触れることができます。これらの能力は私たちの変容と癒しのためのものです。変容と癒しは滋養を必要とします。

ティク・ナット・ハン

Wednesday, April 29, 2015

Mindfulness exercises

Watch the following Thay's video: 


Key phrases are as follows:

(0:35:00)
Today is today's day. 

(0:54:00)
To stop thinking is a great achievement.

(1:00:00)
Mindfulness is an energy of Buddha. 

(1:06:00)
Body, mind and breath are the three elements of the practice of mindfulness. Anything good happening in one of the three elements will have an effect on two others.

(1:07:00)
The energy of mindfulness embraces our in-breath and out-breath. And the mindfulness of breath embraces our body.

(1:24:00)
Buddha goes very scientifically, first with your breath, second with your body and the third with your feelings and emotions.

(1:31:00)
Buddha is aware that nourishment should go together with healing. Nourishment is a part of a healing.

(1:37:00)
Joy and happiness are born by leaving behind. Idea of happiness is an obstacle. We have to release our notions or idea to be happy. We need to let go of attachment to views to bring joy and happiness.

(1:54:00)
We can touch the joy and happiness in the here and the now by the capacity of letting go, the capacity of being mindful and the capacity of being concentrated. That is for our transformation and healing. Transformation and healing need nourishment. 

Thich Nhat Hanh

Tuesday, April 28, 2015

キリスト教と仏教

以下のティク・ナット・ハンのビデオを、1:09:21 ~ 1:15:00までご覧下さい。https://www.youtube.com/watch?v=YOxMMOTs1nU


仏教の本質は次の3点です。 
(1) マインドフルネス(念)
(2) 集中 
(3) 洞察 

マインドフルネス(念)と集中と洞察を発生させることができるキリスト教徒は、既に仏教徒でもあります。この実践はまた、キリスト教における彼らの信仰を強化することを彼らは知っています。彼らが自分のルーツ(根)を失うことはありません。そして、彼らは自分の伝統を裏切ることもありません。彼らは自分の伝統において、マインドフルネスと集中と洞察のエネルギーが非常に重要であることもまた知っています。そして、彼らは多くの若者がこれらのエネルギーを発生させる具体的な方法をもっと多く知ることができるように、その洞察と経験を自分たちの伝統を再生するために活用したいのです。そのように仏教の瞑想を実践することは、彼らがより良いキリスト教徒になることに役立つだけでなく、キリスト教徒の若い世代がより快適に感じられる方法で、キリスト教を再生することにも役立つのです。なぜなら、全ての伝統は世の中の発展に照らして、自ら再生すべきであるからです。仏教もまた、自らを再生する必要があります。ですから、私たちは外観に捕捉されるべきではありません。

Plum Village

Monday, April 27, 2015

Christianity and Buddhism

Watch the following Thay's video from 1:09:21 to 1:15:00.


The essence of Buddhism is 
(1) mindfulness,
(2) concentration and 
(3) insight. 

Christians who can generate mindfulness, concentration and insight are already Buddhists. They know that this practice also strengthens their faith in Christianity. They do not lose their roots. And they do not betray their tradition. They know that in their tradition, the energies of mindfulness, concentration and insight are also very crucial. And they want to make use of the insight and experience in order to renew the tradition so that many young people know more in concrete way to generate these energies. And practicing Buddhist meditation in that way not only helps them to be better Christians but also helps them to renew Christianity in such a way that a young generation of Christians will feel more comfortable. Because every tradition should renew itself in the light of the new development in the world. Buddhism also should renew itself. So, we should not be caught by the appearance. 

Altar from the Upper Hamlet in Plum Village Photo by Agnieszka Lopez

Sunday, April 26, 2015

Joy of Dalai Lama and Desmond Tutu ダライ・ラマ法王とデスモンド・トゥトゥの喜び

Here is a video of joyous conversation between Dalai Lama and Desmond Tutu on April 23, 2015 in India! 
https://www.youtube.com/watch?v=5pKa3nYut2U#t=1622


Joy is inner peace!


2015年4月23日、インドでのダライ・ラマ法王とデスモンド・トゥトゥの楽しい会話のビデオをどうぞ!
https://www.youtube.com/watch?v=5pKa3nYut2U#t=1622
喜びは、内なる平和です!

Saturday, April 25, 2015

人生は苦なり?(一切行苦?)

(ティク・ナット・ハン著「仏陀の教えの真髄」第五章より)

(注)この章は苦しみと幸福が分離されていますので、一般的な真理の領域において記述されていることに留意する必要があります。(四聖諦は一般的な真理の領域、般若心経は究極の真理の領域)

以下はティク・ナット・ハンからのメッセージのまとめです。

1) 「この世の全てが苦しみである」というのは、仏陀の教えではありません。仏陀は苦しみの真理を教えましたが、「あるがままに幸せに生きる」真理もまた教えてくれました。

⇒ 「一切行苦」(全ての心行は苦しみである)が根源だとしても、51種類の心行全てが苦しみではありませんので、誤りです。(全ての不健全な心行は苦しみであると言うのなら正しいのですが、健全な心行は幸せです。)

2) 三種類の苦しみの理論は、「地上の全ては苦しみである」ことを証明しようとした仏陀の多くの優秀な弟子による試み(苦しみの普遍化を正当化する試み)でした。

3) 仏陀の名前を連呼したり、機械的に語句を繰り返しても、苦しみの本質を理解したり、仏陀が私たちに示した道を明かす何の助けにもなりません。なぜなら、私たちが形ある物や言葉や概念に捕捉されてしまうからです。その代わりに、私たちは自分自身の知能を使う必要があります。

4) もし、マインドフルネス(念)によって苦しみの真理に触れることができれば、自分の具体的な苦しみ、その具体的な原因、そしてその原因を取り除き苦しみを終わらせる方法を認識し、見分けることができるようになるでしょう。

⇒ (仏陀とティク・ナット・ハンへの私の質問は、「なぜ(苦しみに加え)喜びを認識した時も、深く分析し、その根本原因を理解することを説かないのか?」です。もし喜びの根本原因を理解できれば、感謝、謙虚、愛を発生させることができるかもしれません。
(p5) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

5) 三法印とは、無常、無我、涅槃のことであることを理解する必要があります。(苦しみを三法印に含めてはいけません)
  
ティク・ナット・ハン

Friday, April 24, 2015

苦しみから悟りへの学習過程

1. 苦しみ
 ↓
2. 苦しみを認識 ← マインドフルネス(念)
 ↓
3. 苦しみを受容(逃げない、毒を消費しない)
 ↓
4. 苦しみを抱擁
 ↓
5. 苦しみを軽減
 ↓
6. 苦しみを深く分析 ← コンセントレーション(集中)
 ↓
7. 苦しみを理解(根本原因) ← インサイト(洞察)
 ↓
8. 愛と思いやりの発生(苦しみの変容)
 ↓
9. 愛に溢れる発言
 ↓
10. コミュニケーションの復元
 ↓
11. 深い傾聴(慈悲深い傾聴) ← コンセントレーション(集中)
 ↓
12. 根本原因の理解 ← インサイト(洞察)
 ↓
13. 愛と思いやりの発生(苦しみの変容)
 ↓
14. 平和(穏やかな心)
 ↓
15. 自由と堅実
 ↓
16. 喜びと幸福
 ↓
17. 縁起(空)の理解 ← インサイト(洞察)
 ↓
18. 二元性の超越(非二元性)
 ↓
19. 全ての概念の絶滅
 ↓
20. 悟り(涅槃) ← インサイト(洞察)

* 1 ⇒ 8:自分の中、9 ⇒ 13:自他間、14 ⇒ 17:自分の中
 18 ⇒ 20: 非分離
 
* 1 :エゴ、2 ⇒ 17:一時的な本当の自分、18 ⇒ 20:常時本当の自分
(参考1)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

* 2 ⇒ 8:無条件の自己受容(自己愛)、 
   9 ⇒ 13:他への無条件の愛、 
  14 ⇒ 16:他からの無条件の愛

(参考2)http://compassion5151.blogspot.jp/2015/04/blog-post.html

Pink flower Photo by Joel Bramley

Thursday, April 23, 2015

Learning process from sufferings to the enlightenment

1. Sufferings
 ↓
2. Recognize it ← Mindfulness
 ↓
3. Accept it (don't run away and consume toxin)
 ↓
4. Embrace it
 ↓
5. Relieve it
 ↓
6. Look deeply into it ← Concentration
 ↓
7. Understand it (root cause) ← Insight
 ↓
8. Generate love and compassion (transform sufferings)
 ↓
9. Loving speech
 ↓
10. Restore communication
 ↓
11. Deep listening (compassionate listening) ← Concentration
 ↓
12. Understand the root cause ← Insight
 ↓
13. Generate love and compassion (transform sufferings)
 ↓
14. Peace (calm mind)
 ↓
15. Freedom and solidity
 ↓
16. Joy and happiness
 ↓
17. Understand interdependent co-arising (emptiness) ← Insight
 ↓
18. Transcend duality (non-duality)
 ↓
19. Extinction of all notions
 ↓
20. Enlightenment (nirvana) ← Insight

* 1 ⇒ 8: within oneself,  9 ⇒ 13: between oneself and others, 
  14 ⇒ 17: within oneself, 18 ⇒ 20: non-separation

* 1 : Ego, 2 ⇒ 17: Temporary true self, 18 ⇒ 20: Full time true self
(Cf. 1) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself

* 2 ⇒ 8: Unconditional self-acceptance (self-love), 
  9 ⇒ 13: Unconditional love to others
 14 ⇒ 16: Unconditional love from others

(Cf. 2) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/04/enlightenment-steps.html

Capeweed-flower Photo by Joel Bramley

Wednesday, April 22, 2015

「空」

般若心経の核心は、『「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」(形あるものは空に他ならず、空は形あるものに他ならない。形あるものは即ち空であり、空は即ち形あるものである。)』として簡潔に述べられている、「空」という究極の真理です。

これは正に、非二元性の教えです。なぜなら、その深い意味を理解することによって二元性を超越できるからです。「形あるもの」を「A」、「空(A以外)」を「B」と仮定すると、その論理構成は、「AはA以外の要素(B)からできているのでAはBに他ならず、BはB以外の要素(A)からできているので、BはAに他ならない。即ち、AはBであり、BはAである。」になります。

そして、非二元性は私たちが全ての概念を捨てるのに役立ちます。「形あるもの」を「体」、「空(体以外)」を「全宇宙」と仮定すると、詩節は次のようになります。

1) 体は全宇宙に他ならない。
2) 全宇宙は体に他ならない。
3) 体は、即ち全宇宙である。
4) 全宇宙は、即ち体である。

そして、それぞれの詩節の原因は次のようになります。

1') それは、体が体でない要素、即ち全宇宙からできているからであ
  る。(内在的秩序)
2') それは、全宇宙が全宇宙でない要素、即ち体からできているからで
  ある。(在的秩序)
3') それは、体と全宇宙が相互に依存し共同発生しているからである。
  (縁起)
4') それは、全宇宙と体が表裏一体だからである。(中道:二つでも
  なく、一つでもない)

そして、もし「体」を「独立した(自性の)存在」、「全宇宙」を「独立していない(無自性の)存在」と仮定すると、詩節は次のようになります。

1") 独立した(自性の)存在は、独立していない(無自性の)存在に他
  ならない。それは、独立した(自性の)存在が、独立していない
  (無自性の)存在からできているからである。
2") 独立していない(無自性の)存在は、独立した(自性の)存在に他
  ならない。それは、独立していない(無自性の)存在が、独立した
  (自性の)存在からできているからである。
3") 独立した(自性の)存在は、即ち独立していない(無自性の)存在で
  ある。それは、(自性の)存在と独立していない(無自性の)存在が
  相互に依存し共同発生しているからである。
4") 独立していない(無自性の)存在は、即ち独立した(自性の)存在で
  ある。それは、独立していない(無自性の)存在と独立した(自性
  の)存在が表裏一体だからである。

従って、究極の次元に於いては、幸福と苦しみ、光と闇、悟りと煩悩、生と死、存在と非存在、始まりと終わり、来ることと行くこと、同一性と他者性、等々を分離する必要がありません。その結果、全ての概念が絶滅します。これが二元性を超越し、全ての概念を捨てることを可能にしてくれる空の智慧です。この智慧を深く理解すれば、恐れのない、完全なる堅実と自由に満ちた涅槃にくつろぐことができるでしょう。

(参考1)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-42868476
(参考2)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-43851275

Tulip fields, Vancouver, Canada Photo by Randall St. Germain

Tuesday, April 21, 2015

意識の内訳

一般的な真理の領域に於ける意識の内訳は次の通りです。

<仏教>
普遍(共相) ---------------------  特有(自相)
(例:接触、注目、感覚、          (例:意図、決意、マインドフルネス、
   知覚、動機)              集中、洞察) 

ロウソクの炎を実体 ------------ ロウソクの炎を多くの映像の 
(他から分離されていて           連続と見る
長持ちするもの)と見る

精神的な構築 ------------------- あるがままの現実(そのまま)
(心の描写・代弁)

顕在意識 ------------------------- 潜在意識と(顕在意識を
                                               介さない)感覚意識 
                                              
条件付けされた現象 ----------- 無条件(条件付けされていない)
(例:夢、幻想、泡、イメージ)

* 潜在意識と(顕在意識の影響がない)感覚意識は、直接「特有」に触れることができる。(「普遍」は「特有」からできている)

* 仏陀は、「全ての条件付けされた現象は、夢や幻想や泡のようなもので、露のしずくのような、又は電気的稲妻のようなイメージである。貴方は条件付けされた現象をそのように見るように自分を訓練すべきである」と言いました。(金剛経より

<私見>
外観(幻想) ------------------------ 現実

精神投影 --------------------------- 正しい見方(洞察)

煩悩 --------------------------------- 穏やかな心

無頓着 ------------------------------ マインドフルネス(念)

 ------------------------------------ 潜在意識

考える ------------------------------- 考えない (洞察)

エゴ(自性自己) ------------------- 本当の自分(無自性自己)

Cf. http://compassion5151.blogspot.jp/2015/01/cinematographic-nature-of-our.html
Cf. http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

Who's there Photo by n. banner

Emptiness

The core of the Heart Sutra is the ultimate truth of "emptiness" which is briefly mentioned as "「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」(Form is no other than emptiness, emptiness is no other than form. Form is namely emptiness, emptiness is namely form.)" 

This is exactly the teaching of non-duality. Because we can transcend duality by understanding its deep meaning. If we assume "form" as "A" and "emptiness (other than A)" as "B", its logic will be "Because A is made of non-A elements (B), A is no other than B. Because B is made of non-B elements (A), B is no other than A. Therefore, A is equal to B and B is equal to A."

And non-duality helps us throw away all notions. If we suppose "form" as "body" and "emptiness (other than body)" as "the whole cosmos", the verse will be as follows: 

1) Body is no other than the whole cosmos.
2) The whole cosmos is no other than body.
3) Body is namely the whole cosmos.
4) The whole cosmos is namely body.

And the cause of each verse will be as follows: 

1') That's because body is made of non-body elements, namely 
    the whole cosmos. (Implicate order)
2') That's because the whole cosmos is made of non-whole 
    cosmos elements, namely body. (Implicate order)
3') That's because body and the whole cosmos are 
    interdependent co-arising. (Dependent origination)
4') That's because the whole cosmos and body are two sides of 
    the same coin. (Middle Way: not two but not one)

And if we suppose "body" as "separate existence" and "the whole cosmos" as "non-separate existence", the verse will be as follows: 

1") Separate existence is no other than non-separate existence. 
     That's because separate existence is made of non-separate 
     existence.
2") Non-separate existence is no other than separate existence. 
     That's because non-separate existence is made of separate 
     existence.
3") Separate existence is namely non-separate existence. That's 
     because separate existence and non-separate existence are 
     interdependent co-arising.
4") Non-separate existence is namely separate existence. That's 
     because non-separate existence and separate existence are 
     two sides of the same coin.

Therefore, in the ultimate dimension, we don't need to separate sufferings from happiness, darkness from light, afflictions from enlightenment, death from birth, non-being from being, end from beginning, going from coming and otherness from sameness...etc. As a result, all notions are extinct. This is the wisdom of emptiness which enables us to transcend the duality and throw away all notions. If we understand this wisdom deeply, we will be able to rest in nirvana filled with perfect solidity and freedom without fear.

(cf. 1) http://www.slideshare.net/compassion5151/light-and-darkness
(cf. 2) http://www.slideshare.net/compassion5151/spiritual-ancestors

Hokkaido, Japan Photo by Ines iles

Monday, April 20, 2015

Enlightenment in the ultimate dimension

Self-transformation from ego (separate self) to true self (non-separate self) is in the realm of the conventional truth. This level of waking up is not the real enlightenment and corresponds to the "temporary true self" of the following material. (http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself) So, if they stop practicing mindfulness, they will go back to the previous ego within a few weeks. Thich Nhat Hanh clearly mentioned that this level is the "part-time Buddha" and is not the real enlightenment in the realm of the ultimate dimension, or the "full-time Buddha" who corresponds to the "full time true self" of the above material. If we become the "full-time Buddha", we will never go back to the previous ego even if we stop practicing mindfulness.

The difference between "temporary true self" and "full time true self" is whether there are duality and notions or not. Temporary true self is temporarily true self through mindfulness but doesn't understand that "birth and death" and "happiness and sufferings" are interdependent co-arising (two sides of the same coin), so has duality. That's why temporary true self needs transformation under the condition where all notions of pairs of opposites such as "birth and death" and "happiness and sufferings" still remain separately. On the other hand, full time true self has understood that "birth and death" and "happiness and sufferings" are interdependent co-arising (two sides of the same coin), so doesn't need to separate birth from death, happiness from sufferings, and attained non-duality (not two but not one). For example, the existence of sufferings means the existence of the same amount of happiness at the same time. Therefore, both sufferings and happiness exist but are offset to be zero. As a result, all notions, thoughts, ideas, views, beliefs and words which were created by our brain to separate oneself from others or to justify oneself, will be extinct. This is the so-called "Middle Way", or "Enlightenment" in the ultimate dimension.

In the Heart Sutra which teaches us the ultimate truth of "emptiness", non-duality is briefly explained as followings. 
「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」"Form is no other than emptiness, emptiness is no other than form. Form is namely emptiness, emptiness is namely form."
If we assume "form" as "A" and "emptiness (other than A)" as "B", its logic will be "Because A is made of non-A elements (B), A is no other than B. Because B is made of non-B elements (A), B is no other than A. Therefore, A is equal to B and B is equal to A." In other words, we can create the same rising-sun flag either by painting a red circle in the center of the white rectangle or by painting the rest white leaving a circle in the center of the red rectangle. This logic is applicable to every thing and phenomenon, so it is no exaggeration to say that emptiness is the ancient "general theory of relativity". Therefore, In the ultimate dimension, "Sufferings are no other than Happiness. Death is no other than Birth. Non-being is no other than Being. Darkness is no other than Light. Afflictions are no other than Enlightenment." After all, all notions are extinct and we can rest in nirvana filled with perfect solidity and freedom without fear.

(cf. 1) http://compassion5151.blogspot.jp/2014/12/enlightenment.html
(cf. 2) http://www.slideshare.net/compassion5151/the-heart-sutra-ultimate-translation-and-commentary
(cf. 3) http://www.slideshare.net/compassion5151/light-and-darkness


Einstein's Theory of Relativity Photo by Elizabeth Therese Niwel

Sunday, April 19, 2015

「般若心経」電子書籍出版 The Heart Sutra e-book publishing

「般若心経」の翻訳と解説を以下の通りAmazonで電子出版しましたので、お知らせします。

「般若心経」(超意訳と解説)
(1)http://www.amazon.co.jp/dp/B00WBP308Q
(2)http://www.amazon.co.jp/dp/B00WBPLPJ2

「般若心経」(現代超訳と解説)

(1)http://www.amazon.co.jp/dp/B00WBT5N9Q
(2)http://www.amazon.co.jp/dp/B00WBVWVO4

* 著書一覧
http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-42419870

Just published e-books regarding the translation and commentary of "The Heart Sutra" at Amazon as follows:

The Heart Sutra (Ultimate Translation and Commentary)
(1)http://www.amazon.com/dp/B00WBTLNEU
(2)http://www.amazon.com/dp/B00WBTLHW8

The Heart Sutra (Free Translation and Commentary)
(1)http://www.amazon.com/dp/B00WBTLPUM
(2)http://www.amazon.com/dp/B00WBU3G94

* Books list
http://www.slideshare.net/compassion5151/my-books-list-42418300

Albert Einstein's office, a few hours after he passed on 18 April 1955

究極の次元の「悟り」

悟りとは、「自他を分離して墓穴を掘るエゴ(自性自己:separate self)から自他を分離しない本当の自分(無自性自己:non-separate self)への回帰」を意味すると以前申し上げましたが、このレベルの目覚めは一時的な悟りであり、一般的な真理の領域での悟りです。
(以下資料の「一時的な本当の自分」に相当します。
http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
従って、マインドフルネス(念)の修行を継続しないと、あっという間に元のエゴに逆戻りしてしまいます。ティク・ナット・ハンは一時的な悟りのレベルを"part-time Buddha"と表現し、完全な悟りである究極の真理の領域での悟りの"full-time Buddha"とは異なることを明言しました。(上記資料の「常時本当の自分」に相当します。)"full-time Buddha"になると、修行を継続しなくても元のエゴに逆戻りすることはありません。

相違点は二元性と概念の有無です。一時的な悟りは、マインドフルネスによって一時的に本当の自分に戻ることはできても、生死や幸不幸が相互に依存し共同発生していること(表裏一体であること)をまだ理解できておらず、二元性が継続しています。従って、反対の対である生死や幸不幸といったあらゆる概念が独立して残っていますので、変容する必要性があるのです。一方、完全な悟りは、生死や幸不幸が相互に依存し共同発生していること(表裏一体であること)に気付いたことより、生死や幸不幸を分離する必要性がなくなって、非二元性(二つでもなく、一つでもない)に到達します。例えば、苦しみがあるということは同じ量の幸せが既に同時発生しているということであり、相殺されて、有るけれど無いという状態を指します。従って、概念、考え、アイデア、見方、信念、言葉といった脳が自他を分離する(自己正当化する)ためにでっち上げたものが全て絶滅します。これこそ所謂、「中道」であり、究極の次元の「悟り」です。

「空」という究極の真理を説いた「般若心経」では、非二元性が次の通り簡潔に説明されています。
「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」 (色は空に他ならず、空は色に他ならない。色は即ち空であり、空は即ち色である。)
色をA、(A以外である)空をBとすると、「AはA以外(B)からできているのでBに他ならず、BはB以外(A)からできているのでAに他ならない。即ち、AはBであり、BはAである。」という論理構成です。換言すれば、白地の長方形の真ん中に赤の丸を塗りつぶして日の丸を作っても、赤字の長方形の真ん中に赤の丸を残してそれ以外を白で塗りつぶして日の丸を作っても、結果は同じだと言っているのです。この論理は全ての物や現象に該当しますので、古代の相対性理論と言っても過言ではありません。従って、究極の次元に於いては、「苦しみは幸せに他ならず、死は生に他ならず、非存在は存在に他ならず、闇は光に他ならず、煩悩は悟りに他ならない」のです。これで全ての概念が消滅し、恐れのない完全なる自由と堅実、即ち涅槃にくつろぐことができます。

(参考1)http://compassion5151.blogspot.jp/2015/01/blog-post.html
(参考2)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-46639122
(参考3)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-42868476?related=1

Albert Einstein's theory of general relativity in 1915

Saturday, April 18, 2015

Breakdown of consciousness

Breakdown of consciousness in the realm of conventional truth is as follows:

<Buddhism>
the universal(共相) -----------  the particular(自相)
(e.g. contact, attention,          (e.g. intention, determination,
feeling, perception, volition)    mindfulness, concentration, insight) 

sees the flame of a candle ---- sees the flame of a candle 
as an entity (something             as a succession of many images
long lasting which is   
separated from the rest) 

mental construction ----------- reality as it is (suchness)
(representation of mind)

mind consciousness ---------- store consciousness and sense 
                                              consciousness (without influence 
                                              of mind consciousness)

conditioned phenomena ----- unconditioned
(e.g. dreams, illusions, 
bubbles, images)

* Store consciousness and sense consciousness (without influence of mind consciousness) can directly touch the particular. (The universal is made of the particular.) 

* Buddha said, "All conditioned phenomena are like dreams, illusions, bubbles, images like dew drop or like electric lightning. You should train yourself to look at them that way." (from Diamond Sutra)

<My analysis>
appearance (illusion) ----------- reality

mental projection ---------------- right view (insight)

affliction --------------------------- calm mind

forgetfulness ---------------------- mindfulness

brain -------------------------------- subconscious

thinking ---------------------------- without thinking (insight)

ego (separate self) -------------- true self (non-separate self)

Cf. http://compassion5151.blogspot.jp/2015/01/cinematographic-nature-of-our.html
Cf. http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself

Morning dew on a dragonfly Photo by David Chambon

Wednesday, April 15, 2015

The Heart Sutra (Free Translation and Commentary) Revised

Just uploaded the revised version of "The Heart Sutra" (Free Translation and Commentary) and its presentation material as follows:

* "The Heart Sutra" (Free Translation and Commentary)
http://www.slideshare.net/compassion5151/the-heart-sutra-free-translation?related=2

* "The Heart Sutra" presentation material
http://www.slideshare.net/compassion5151/the-heart-sutra-free-translation-and-commentary

As for non-duality, the following material is for your reference.
http://www.slideshare.net/compassion5151/light-and-darkness

Spring-flowers Photo by Joel Bramley

Sunday, April 12, 2015

Is Everything Suffering?

(Chapter 5 of "The Heart of the Buddha's Teaching" 
by Thich Nhat Hanh)

(Notes): We need to be careful that this Chapter is written in the realm of conventional truth because suffering is separated from happiness. (The Four Noble Truths is in the realm of the conventional truth and the Heart Sutra is in the realm of the ultimate truth.)

The followings are the summary of Thay's messages to us.

1) "Everything on Earth is suffering" is not a teaching of the Buddha. Buddha taught the truth of suffering, but he also taught the truth of "dwelling happily in things as they are".

⇒ Even if "All mental formations are sufferings" is the source, it is wrong because all mental formations are not unwholesome. ("All unwholesome mental formations are sufferings" is correct but wholesome mental formations are the source of happiness.)

2) The theory of the Three Kinds of Suffering was an attempt by many good students of the Buddha who tried to prove that everything on Earth is suffering (an attempt to justify the universalization of suffering).

3) Invoking the names of the Buddha or repeating a phrase mechanically cannot help us understand the true nature of suffering or reveal the path shown to us by the Buddha because we will be caught in forms, words, and notions. Instead, we need to use our own intelligence.

4) If we touch the truth of suffering with our mindfulness, we will be able to recognize and identify our specific suffering, its specific causes, and the way to remove those causes and end our suffering.

⇒ (My question to Buddha and Thay is "Why don't you teach us to look deeply into joy and understand the root cause of joy when we recognize joy?" We may generate gratitude, humility and love.)
(p5) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself

5) We need to understand the Three Dharma Seals are impermanence, nonself, and nirvana.

The followings are more detailed Thay's messages to us.

1. First Noble Truth of suffering doesn't mean "everything on Earth is suffering". It is not a teaching of the Buddha. ⇒ Buddha taught the truth of suffering, but he also taught the truth of "dwelling happily in things as they are". ⇒ To succeed in the practice, we must stop trying to prove that everything is suffering. ⇒ If we touch the truth of suffering with our mindfulness, we will be able to recognize and identify our specific suffering, its specific causes, and the way to remove those causes and end our suffering.

2. The theory of the Three Kinds of Suffering was an attempt by many good students of the Buddha who tried to prove that everything on Earth is suffering. ⇒ (We need to forget about the theory of the Three Kinds of Suffering.)

① "the suffering of suffering": the suffering associated with unpleasant feelings (eg: pain of a toothache, losing your temper, or feeling too cold on a winter's day)
② "the suffering of composite things": Whatever comes together eventually has to come apart. (eg: all composite things: everything)
③ "the suffering associated with change": (eg: Our liver may be in good health today, but when we grow old, it will cause us to suffer.)

3. One hundred years after the Buddha passed away, practitioners were already repeating the formula, "This is suffering. Life is suffering. Everything is suffering." They thought that to obtain insight into the First Noble Truth, they had to repeat this formula. Some commentators said that without this constant repetition, the Four Noble Truths could not be realized.

(1) The question, "Does the realization of the truth of suffering depend on the repetition of the words, 'This is suffering.'?" was answered affirmatively by many schools. ⇒ (Everyone knows that Birth, Old age, Sickness, Death, Sorrow, grief, mental anguish, and disturbance, To be with those you dislike, To be separated from those you love, Not having what you long for, are sufferings. In other words, to grasp the Five Aggregates as though they constitute a self is suffering.) ⇒ (The repetition of the words is not necessary for realizing the truth of suffering.)

(2) One School pointed out that an arhat is not fully awakened because an arhat needs to repeat something constantly in order to be able to realize it. ⇒  (It isn't essential for everyone to repeat something constantly for realizing it.)

(3) Invoking the names of the Buddha or repeating a phrase mechanically cannot help us understand the true nature of suffering or reveal the path shown to us by the Buddha. Because we will be caught in forms, words, and notions. We need to use our own intelligence. It is safer to have a teacher and friends who can show us ways to practice correctly.⇒ (We don't need to invoke the names of the Buddha or repeat a phrase mechanically.)

(4) Buddha only wants us to recognize suffering when it is present and to recognize joy when suffering is absent. Buddha didn't offer a theory that is "All things are suffering". ⇒ (We need to be mindful in order to recognize suffering when it is present and to recognize joy when suffering is absent.) ⇒ (My question to Thay is "Why don't you teach us to look deeply into joy and understand the root cause of joy when we recognize joy?" We may generate gratitude, humility and love.)

(5) The argument, "Impermanent, therefore suffering, therefore nonself" is illogical. And in many texts, suffering is regarded as one of the Three Dharma Seals, along with impermanence and nonself. But to put suffering on the same level as impermanence and nonself is an error. The Buddha taught impermanence and nonself to help us not be caught in signs (forms). ⇒ ("Being caught in signs (forms), therefore suffering, therefore impermanence and nonself" is logical.) ⇒ We need to be careful to illogical teachings.

(Re: Three Dharma Seals)
In several sutras the Buddha taught that nirvana, the joy of completely extinguishing our ideas and concepts, rather than suffering, is one of the Three Dharma Seals. (For an explication of the Three Dharma Seals, see chap. 18.) ⇒ Thay hopes scholars and practitioners will begin to accept the teaching that all things are marked by impermanence, nonself, and nirvana, and not make too great an effort to prove that everything is suffering. ⇒ We need to understand the Three Dharma Seals are impermanence, nonself, and nirvana. (Things are changing. It is called emptiness (empty of separate existence). From the point of view of time, we say "impermanence," and from the point of view of space, we say "nonself.")

(Re: Nagarjuna listed nirvana as one of the Three Dharma Seals)
Another common misunderstanding of the Buddha's teaching is that all of our suffering is caused by craving. If we use our intelligence, we can see that craving can be a cause of pain, but other afflictions such as anger, ignorance, suspicion, arrogance, and wrong views can also cause pain and suffering. ⇒ We need to say, "The basis for this suffering is such and such an affliction," and then call it by its true name to find the cause of our suffering and the way to heal ourselves.

Saturday, April 11, 2015

Who am I? 私は誰?

Just uploaded the presentation material of "Who am I?" as follows:
http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself
"If I ask who am I then who is asking who am I, who am I and who is listening ?"

「私は誰?」のプレゼン資料を、以下の通りアップロードしました。
http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
『私が「私は誰?」と尋ねる場合、誰が「私は誰?」と尋ねているのでしょうか?私とは誰のことでしょうか?そして、聞いているのは誰なのでしょうか?』

Mount Fuji and cherry blossoms Photo by Elia Locardi

3バージョンの自分

『私が「私は誰?」と尋ねる場合、誰が「私は誰?」と尋ねているのでしょうか?私とは誰のことでしょうか?そして、聞いているのは誰なのでしょうか?』というのは、非常に興味深く、奥深い質問です。

上記質問に対する私の回答は次の通りです。
『常時本当の自分(悟りを開いた人)は、自分が 全宇宙であることを知っていますので、決してそのような質問をしません。ですから、「私は誰?」の「私」はエゴ(自性自己)か、一時的な本当の自分(一時的にマインドフルだけど、まだ悟りを開いていない人)です。エゴか一時的な本当の自分が「私は誰?」と尋ねているのです。「聞いているのは誰か?」に対する回答には、3つのパターンがあります。エゴが「私は誰?」と尋ねているのなら、エゴだけが聞いているか、エゴと一時的な本当の自分が聞いています。一時的な本当の自分が「私は誰?」と尋ねているのなら、エゴと一時的な本当の自分が聞いています。』

私が2つのバージョンの自分を持っていた時、「私はどうやったら自分を拒絶するのを止められるか?私はどうやったら自分を愛せるか?」と自問しました。そして以下の通り、「私」とはエゴであり、「自分」とは一時的な本当の自分であったことを発見しました。
  「私(エゴ)はどうやったら自分(本当の自分)を拒絶するのを止められるか?」
  「私(エゴ)はどうやったら自分(本当の自分)を愛せるか?」
*上記の本当の自分とは、一時的な本当の自分(一時的にマインドフルだけど、まだ悟りを開いていない人)を意味します。ですから、私は二元性を超越する必要がありました。

従って、エゴ、一時的な本当の自分、常時本当の自分という3つのバージョンの自分があります。人間性の進化とは、エゴから一時的な本当の自分へ進化し、一時的な本当の自分から常時本当の自分(悟りを開いた人)へ進化することを意味します。

(参考1) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
(参考2) http://plumvillage.org/news/unconditional-acceptance/

Eyes, the doorway to heart Photo by Satish Viswanath

Friday, April 10, 2015

「生まれることなく、死ぬこともなく」

般若心経には、「生まれることなく、死ぬこともなく」と言及した一節があります。(以下の参考資料ご参照。)これは究極の真理ですので、一般的な真理の領域において理解するのは困難に違いありません。しかし、次の例を使うとそれを理解することが、より簡単になるかもしれません。

雲は水蒸気からできて、雨になるだけです。ですから、雲は無からやってきたり、無になることはありません。雲が、自分は水であると実感できたなら、雲は以前からずっと水であったし、これからもずっと水であり続けるのです。従って、雲は決して死ぬことができないのです。このことは、E=mc²(エネルギー・質量保存の法則)として、アルバート・アインシュタインによって証明されました。


人間は人間以外の要素、即ち水、空気、土、太陽光のような全宇宙からできています。ですから、人間は全宇宙なのです。ちょうど雲のように、人間が自分は全宇宙であると実感できたなら、自分は以前からずっと全宇宙であったし、これからもずっと全宇宙であり続けるのです。従って、人間も決して死ぬことができません。生まれることなく、死ぬこともないのです。


ティク・ナット・ハンは、「私たちが消費するものが、私たちです」と言いました。ですから、私たちは消費するものに注意する必要があります。なぜなら、私たちの体、心、意識が消費するものに影響されるからです。ですから、私たちは何を食べ、飲み、消費すべきか選択する必要があるのです。私たち自身と集合的な体と意識に毒素をもたらす製品とは、アルコールや麻薬に限定されるものではなく、特定のウェブサイト、電子ゲーム、テレビ番組、映画、雑誌、書籍、会話などの他の製品も含んでいます。これらの全てが、私たちが手放す必要がある執着、即ち中毒なのです。


(般若心経)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-46388351
精神的祖先http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-43851275


 
Hummingbird's making turns Photo by Wayne Lu

Thursday, April 9, 2015

"no birth and no death"

In the Heart Sutra, there is a verse that mentions, "There is no birth and no death". (Refer to the reference below.) Because this is the ultimate truth, it must be difficult to understand in the realm of conventional truth. But it may become easier for us to understand that if we use the following example. 

Cloud is made of vapor and just becomes rain. So, cloud doesn't come from nothing and become nothing. If the cloud can realize it is water, it has been water and will continue to be water from now on. Therefore, cloud can never die. This was proved scientifically as E=mc² (The law of conservation of energy and mass) by Albert Einstein.

A human is made of non-human elements, namely the whole cosmos such as water, air, earth and sunshine. So, a human is the whole cosmos. Just like the cloud, if a human can realize s/he is the whole cosmos, s/he has been the whole cosmos and will continue to be the whole cosmos from now on. Therefore, a human can never die also. There is no birth and no death.

Thay said, "We are what we consume". So, we have to be very careful about what we consume. That's because our body, mind and consciousness will be influenced by that. Therefore, we need to select what to eat, drink and consume. Products that bring toxins into our own and the collective body and consciousness are not limited to alcohol and drugs but including any other products such as certain websites, electronic games, TV programs, films, magazines, books and conversations. All of these are attachments, or addictions which we need to let go of.

(Reference 1: The Heart Sutra) 
http://www.slideshare.net/compassion5151/the-heart-sutra-ultra-translation
(Reference 2: Spiritual Ancestors)
http://www.slideshare.net/compassion5151/spiritual-ancestors

Amazing Colours of Hummingbirds Photo by Raymond Barlow

Wednesday, April 8, 2015

「般若心経」(現代超訳と解説)修正版

「般若心経」(現代超訳と解説)とプレゼン資料の修正版を、以下の通りアップロードしましたので、ご参照下さい。

*「般若心経」(現代超訳)
http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-17055865

*「般若心経」(現代超訳と解説)プレゼン資料
http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-40620065

非二元性については、以下資料もご参考迄。
http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-42868476

A beautiful sunset reflecting its light into the pond Photo by Ray Bilcliff

Tuesday, April 7, 2015

Three versions of oneself

"If I ask who am I then who is asking who am I, who am I and who is listening ?" is a very interesting and deep question.

The following is my answer to the question:
Full time true self (enlightened person) never asks such a question because s/he knows s/he is the whole cosmos. So, "Who am I?"'s "I" is ego or temporary true self (those who are mindful temporarily but aren't enlightened yet). Ego or temporary true self is asking "Who am I?". The answer to "Who is listening?" has three patterns. If ego is asking "Who am I?", only ego is listening or ego and temporary true self are listening. If temporary true self is asking "Who am I?", ego and temporary true self are listening.

When I had two versions of myself, I asked to myself, “How can I stop rejecting myself? How can I love myself?”. And I found out that "I" was ego and "myself" was temporary true self as follows:
     How can I (ego) stop rejecting myself (true self)
     How can I (ego) love myself (true self)?
* True self of above means temporary true self (those who are 
   mindful temporarily but aren't enlightened yet).
So I needed to transcend duality.

Therefore, there are three versions of oneself which are ego, temporary true self and full time true self. Evolution of humanity means the evolution from ego to temporary true self, and the evolution from temporary true self to full time true self.

(Reference 1) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself
(Reference 2) http://plumvillage.org/news/unconditional-acceptance/
(Good news on Thay’s Health) http://plumvillage.org/?p=7391

Bliss Photo by Jackie Lewis

Monday, April 6, 2015

Sunday, April 5, 2015

"Four Noble Truths" and "Heart Sutra"

"The Four Noble Truths" has been preached based on the four truths of sufferings which are interdependent co-arising. In other words, the first truth of suffering and the third truth of happiness, the first truth of suffering and the second truth of the cause of suffering, the third truth of happiness and the fourth truth of the path leading to happiness (Noble Eightfold Path), the second truth of  the cause of suffering and the fourth truth of the path leading to happiness (Noble Eightfold Path) as the reverse and the solution of the second truth of the cause of suffering are interdependent co-arising. 

Therefore, Buddha must have had already transcended duality and deeply had understood the ultimate truth of non-duality (emptiness: empty of duality). Despite that, I wonder why Buddha separated the first truth of suffering from the third truth of happiness, and explained in the logical structure of duality.

Buddha must have been convinced that even if he preached that "Suffering is no other than happiness" or "The lack of suffering is unhappier than suffering" to those who were not enlightened, they could not understand. That's why Buddha had to lower the level of his explanation to duality, or to the realm of conventional truth in order to make it more understandable.

Therefore, it's needless to say that at the stage of Buddha's preaching of "The Four Noble Truths" (four truths of suffering) in the realm of the conventional truth for the first time, "The Heart Sutra" (emptiness: non-duality) in the realm of the ultimate truth was already completed in his mind (it was ready to be described).

The following is the whole picture of the flow to transcend duality (the conventional truth) and attain non-duality (the ultimate truth).
interbeing: interdependent co-arising → transcend duality (not two but not one) → ultimate truth (non-duality: non-separate existence/ self) → non-separation/ non-discrimination → no separate suffering (no suffering, no happiness: no mud, no lotus) → suffering is precious → need to look from the back also (because suffering seeing from the front is no other than happiness seeing from the back) 

* "The Heart Sutra" (Ultimate Translation)
http://www.slideshare.net/compassion5151/the-heart-sutra-ultra-translation

Lightning Photo by Joel Bramley