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Friday, February 5, 2016

私たちはあるがままの現実を見ているか?

次のビデオ「私たちはあるがままの現実を見ているか?」をご覧ください。

以下は、本ビデオに対する私のコメントです。 

私の理解は次の通りです。
* 現実の知覚 = 錯覚(エゴによる)
* 現実の洞察 = 現実(目覚めた意識による)

デヴィッド・ボームは、「私たちの見方は、私たちの考え方に依存する」と言いました。ですから、全ては「私たちが誰であるか」に依ります。私たちがエゴ(独立した自己)なら、私たちは考えており、私たちが見るものは私たちの心の投影、即ち幻想です。一方、私たちが目覚めた意識(非分離自己)なら、私たちは考えておらず、あるがままの現実に直接触れることができます。言い換えれば、私たちは主体と対象間で区別をせずに、現実と一つになるということです。

仏陀は、自分が知覚するものに騙されないようにと、私たちへ助言しました。仏陀は、「知覚があるところには、騙しがある」と言いました。仏陀はまた、私たちの知覚のほとんどが誤っており、私たちの苦しみのほとんどは誤った知覚から来ていると、多くの場面で教えました。そして、誤った知覚はエゴの思考(脳)によって引き起こされるのです。

デヴィッド・ボームはまた、「意識はお金よりはるかに重要である。意識の変化が不可欠である」と言いました。その通りであり、私たちはたったの吸う一息で、意識をエゴから目覚めた意識へ変容することができます。そして私たちは、仏陀やティク・ナット・ハンのように、マインドフルネス、集中、洞察を通して、​​常に目覚めた意識(潜在意識)であり得ます。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

デヴィッド・ボーム

Saturday, January 23, 2016

エントロピー

以下は、「生命の新物理学理論」からの抜粋です。
(原文:https://www.quantamagazine.org/20140122-a-new-physics-theory-of-life/)
(ジェレミー・イングランドはMIT(マサチューセッツ工科大学)の31歳の物理学者。彼は生命の起源と進化を推進する基礎をなす物理学を発見したと理解しています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeremy_England)

引用:
ジェレミー・イングランドは、一定の条件下で、物質は自発的に自己組織化すると主張しています。この性質は生物の内部秩序について、及び多くの無生物の構造の内部秩序についても同様に説明することができるでしょう。「雪片、砂丘、乱流渦の全てが、ある散逸過程によって引き起こされる多粒子系に現れる著しくパターン化された構造である点で共通しています」と彼は言いました。結露、風、粘性抵抗はこれらの特定ケースにおける関連性のある過程です。

ジェレミー・イングランドは現在、素粒子のシステムはエネルギーを放散するのがより上手くなるように、その構造を改造するという彼の理論(学説)をテストするために、コンピューターによるシミュレーションを行っています。次のステップは、生体系への実験を行うことになるでしょう。 :引用終わり

(解説)
ジェレミー・イングランドは、「一定の条件の下で、物質は自発的に自己組織化する」と述べました。これは、物質、即ち各素粒子が心を持つ、つまり選択する能力を持つことを意味するのでしょうか?フリーマン・ジョン・ダイソンは、「原子と人間と神は心を持っているかもしれないと私は考えています(程度は異なっても種類は同一の心)。(中略)実験室での原子は不活性物質というよりはむしろ、活性物質のように振る舞う奇妙なものです。原子は量子力学の法則に従って、代替可能性の間で予測できない選択をします。選択する能力によって顕現している心は、ある程度全ての原子に固有のものであるように見えます。」と述べました。私はイングランドとダイソンは同じことを言っていると感じます。(次のURLご参照。http://compassion5151.blogspot.jp/2015/09/blog-post_21.html)

(参考)WHAT IS LIFE? by ERWIN SCHRODINGER in 1943
http://whatislife.stanford.edu/LoCo_files/What-is-Life.pdf

ジェレミー・イングランド

Tuesday, November 17, 2015

人間の4つのカテゴリー

< 人間の4つのカテゴリー >

                            知能的 (I) -------- 知能的でない (N-I)
------------------------------------------------------------------------
目覚めた意識 (A) -     I * A (○○)           N-I * A (×○)
------------------------------------------------------------------------
エゴ (E)              -     I * E (○×)           N-I * E (××)
------------------------------------------------------------------------

                [力(パワー)] ---------------------- [精神的に]
第一層:     知能的 目覚めた意識              知能的 目覚めた意識
第二層:     知能的 エゴ                            知能的でない 目覚めた意識
第三層:     知能的でない 目覚めた意識     知能的 エゴ
第四層:     知能的でない エゴ                    知能的でない エゴ

(例):  知能的 目覚めた意識 (○○): ティク・ナット・ハン、仏陀、イエス...
        知能的 エゴ (○×): オバマ、オランド、イスラム国...
        知能的でない 目覚めた意識 (×○): 仏陀、イエスの弟子...
        知能的でない エゴ (××): 一般人

(危険度):
第一層:     知能的 エゴ (○×)
第二層:    知能的でない エゴ (××)
第三層:     知能的でない 目覚めた意識 (×○)
第四層:     知能的 目覚めた意識 (○○)

(助言):
知能的 目覚めた意識 (○○) ⇒ サンガ(実践者の共同体)を構築!
知能的 エゴ (○×) ⇒ エゴを手放せ!
知能的でない 目覚めた意識 (×○) ⇒ 知能を習得!
知能的でない エゴ (××) ⇒ エゴを手放して、知能を習得!

(Cf.) http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

ティク・ナット・ハンの書

Monday, September 28, 2015

デヴィッド・ボーム (5)

次のビデオをご覧ください。デヴィッド・ボームの言っていることは、正に仏陀が「空」によって説いたことと同一です。


完全性:現実への可干渉的なアプローチ – デヴィッド・ボーム (5)

アインシュタインは最終的に、全てのものは一つの場であり、全ての場が合併したものであるという場の理論の見解の方へ動きましたので、それは完全性への第一歩でした。それはわずかな一歩でしたが、それでもそれは始まりでした。

完全性はあなたがたどり着ける場所ではありません。完全性は生命全体への態度、または取り組み方のようなものです。それは一つの方法です。私たちが現実への可干渉的な取り組み方を持つことができるならば、現実は私たちに可干渉的に応答するでしょう。

しかし、自然は途方もなく、私たちの地球に対する考え方に影響を受けてきました。自然は今、破壊され続けています。私たちがどのように考えていたかによって、影響を受けなかったものは地球上にはほとんど残されていません。

私たちが可干渉的な取り組み方を持つことができるなら、意図しない結果ではなく、むしろ意図する結果を生み出すでしょう。それが最初の大きな変化です。その後、私たちはよりきちんとし、調和がとれ、より幸せになるでしょう。私たちはそこに全てのことを集約できると思います。しかし、不幸の主な根源は、私たちが可干渉的でないことであり、それ故に、私たちは自分が本当に欲さない結果を生み出しているのであり、本当に欲さない結果を生み出し続けながら、その結果を克服しようとしているのです。」

デヴィッド・ボーム; 1990年、アムステルダム
「変化する経済において芸術が科学と精神性に出会う」会議にて

「デヴィッド・ジョセフ・ボーム(1917 - 1992)はアメリカの理論物理学者であり、量子論、心の哲学、神経心理学に革新的かつ伝統を破る着想を与えた。彼は20世紀の最も顕著な理論物理学者の一人であるとみなされている。」

(ウィキペディア)

(アインシュタインもデヴィッド・ボームも全てのものは一つであるという結論に到達しました。言い換えると、全ての生命は一つであり、現実は切り刻むことができない完全性を持つということです。しかしながら、(エゴの)人間は、分割してはならないものを考えや概念や言葉で無理やり切り刻みますので、現実の本質に触れることができません。全てのものは相互に依存し浸透し合っていますので、独立して存在することはできないにも拘わらず、無理やり分離し独立させてしまっています。もちろんその結果、無意識に自己破壊を続け、実は自分が創造した色々な問題の克服に追われているという、正にマッチポンプの愚かなパターンにはまっています。仏陀は、「空」で独立した存在の不在を説き、独立した自己であるエゴを手放すように助言しました。その手法として仏陀が提案したのが、意識(本当の自分)を今ここに呼び戻して思考(エゴ)を停止し、心身を結合するマインドフルネスです。尚、完全な悟りには、更に概念の絶滅が不可欠であり、そのためにはあるがままの現実の本質に触れるための集中と洞察が必要です。)

(注) 括弧書きの中は私の解説です。

(おわり)

(参考)
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

Sunday, September 27, 2015

デヴィッド・ボーム (4)

次のビデオをご覧ください。デヴィッド・ボームの言っていることは、正に仏陀が「空」によって説いたことと同一です。


完全性:現実への可干渉的なアプローチ – デヴィッド・ボーム (4)

完全性は態度というか一つの取り組み方ですが、相対性理論と量子論によって科学的な理解を付与され得ます。私たちが望むなら、世界を一つの全体とみなすことができます。

意識は真に、この内在的秩序の最も直接的な経験です。あなたはもっともっと細かい意識の網について考えるかもしれませんし、私たちは内在的秩序のもっともっと細かい側面をとらえることについて考えるかもしれません。意識には暗黙の知性、広がる知性のようなものがあると私は思います。知性の源は必ずしも脳内にないことは分かりますよね。究極の源のことです。しかし、知性の源は全体の中に包み込まれているのです。さて、あなたがそれを神と呼びたいものについての質問は、あなたが(神という)言葉によって何を意味するかに依ることは分かりますよね。なぜなら、個人的な神として(神という)言葉を受け止めると、何らかの方法で(神という)言葉を制限してしまうかもしれないからです。

世界観の主要な源として、科学は宗教に取って代わり始めたと私は思います。それ故に、科学が断片的な世界観を採るなら、科学は意識に重大な(悪)影響を持つことになります。

人々が科学から作るものは何でも科学であり、科学はいつの時代も変化してきました。そして今、科学は2~3百年前のものと異なっており、再び異なる可能性があります。科学は必ずしも測定を伴わなければならないという固有の理由はありません。それは過去2~3世紀にわたって起こったもう一つの歴史的な発展です。測定は完全に偶発的であり、絶対に必要ではありません。

(内在的秩序を理解できれば、意識は体の中(各素粒子とエネルギーの内部)に包み込まれており、その意識は私たちが見たり知っていることの全てを包み込んでいることが分かります。そして、全体が包み込んでいる意識の中に「神」と呼ぶこともできる知性の源が包み込まれているとデヴィッド・ボームは明言しています。これは、仏陀が全ての物には既に仏性が宿っていると説いたことと重なります。また、分割不可能な一つの全体である世界を切り刻む断片的な世界観にデヴィッド・ボームは警鐘を鳴らしています。これも、分離による二元性が、あるがままの現実の本質に触れることを妨げるので、非二元性へ至るために「空」の智慧を説いた仏陀の教えと重なります。そして、断片的な世界観や二元性の根源は、人間(エゴ)がでっち上げた考えや概念なのです。どうやら、仏陀の教えが全て科学的に解明される日が来るのは、間違いない予感がします。)

(注) 括弧書きの中は私の解説です。

(つづく)

(参考)
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

Albert Einstein's theory of general relativity in 1915

Saturday, September 26, 2015

デヴィッド・ボーム (3)

次のビデオをご覧ください。デヴィッド・ボームの言っていることは、正に仏陀が「空」によって説いたことと同一です。


完全性:現実への可干渉的なアプローチ – デヴィッド・ボーム (3)

私は原罪のようなものがあるとは思いません。私は原罪のようなものは、私たちの社会の成長と共に一層発展したのだと思います。狩猟・採集社会の人々が、全員そんなに競争心旺盛であったという証拠はありません。しかし、あなた方が社会をより大きくし、あなた方がより多くの組織を持つにつれ、あなた方はトップに到達する必要があり、底辺の人々が苦しむことになります。自然と、競争する時勢の流れがありました。競争する欲望は弱さというより、間違いです。

ですから、まず最初に私たちがしなければならないことは、長い目で見れば、何千年もかけて発展してきた私たちの思考法を見ることです。私は、競争が人類の原始の思考法だったとは全く思いません。しかし、多くの複雑な理由から競争が起こったのだと思います。

さて、それは、人々が参加する必要があること、協調する努力をする必要があること、対話、真の対話をする必要があることを意味します。その対話では、単に意見を交換するのではなく、抵抗することなく、実際に他人の見方に深く耳を傾けるのです。

もし、私たちが自分自身の意見にしがみつき、他人に抵抗するなら、対話を行うことはできません。それは、私たちが他人を受け容れるべきであるという意味ではありませんが、他人をつまみ出すことなく、他人を抑圧することなく、全ての意見を見て、私たちの前で、あるがままに、全ての意見を保留しておくことができるようになる必要があります。

(競争は分離や差別を引き起こしますので、全ての煩悩の根源であり、苦しみの根本原因です。競争に於いては勝者は一人もおらず、全員が敗者になります。一時的に勝者になったとしても、その地位を維持するために無理な努力を強いられ、必ず狙われますのでいつかは敗者に転落するからです。従って、競争とは自己破壊であると言っても過言ではありません。自分が勝つために戦うのは、エゴのすることです。原始時代には競争することなく、協力し合って協調していたことでしょう。しかし、社会の拡大に伴って組織を率いるリーダーが登場し、力(暴力)で富や権力や地位を独占していったのでしょう。相互依存の性質を持つ全てのものが生き抜く道は協調しかないにも拘わらず、エゴの人間は真逆の分離を引き起こす競争を選択したのです。自他を分離してしまうと対立が生じますが、真に対立を解決するには対話が不可欠です。力(暴力)で敵をねじ伏せようとしても対立が深まるだけです。真の解決にはどうしても相互の深い傾聴を通した和解が必要です。)

(注) 括弧書きの中は私の解説です。

(つづく)

(参考)
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

Best friends Photo by The Ugly Daughter

Friday, September 25, 2015

デヴィッド・ボーム (2)

次のビデオをご覧ください。デヴィッド・ボームの言っていることは、正に仏陀が「空」によって説いたことと同一です。


完全性:現実への可干渉的なアプローチ – デヴィッド・ボーム (2)

汚染、即ち生態環境のような問題を見てみましょう。生態環境、それ自体は問題でないことは分かりますよね。生態環境は、それ自体で完璧に上手く動作しています。私たちのせいです、そうでしょう?私たちが生態環境を分割するといった特定の方法で考えており、各人が自分独自のことをしているので、それは問題なのです。

従って、生態学的問題は思考に起因しています、そうでしょう?しかし、思考は、そこにあるものは問題だと考え、私はそれを解決しなければなりません。しかし、同時に思考は問題を作る全てのことをやっており、それを試し克服するための別の一連の活動を行おうとしていますので、それは意味を成していません。思考は、生態学的問題、国家的問題、その他あらゆる問題を作っていることをするのを止めないことは分かりますよね。

本当に、地球は一家族ですが、私たちはそのように取り扱っていません。ですから、それが経済的意味における第一歩であり、地球は一家族であり依存する全てであると言うことです。全てで一つなのが分かりますよね。

さて、内在的秩序は私たちがそのこと、全てのものが全てのものを包み込んでいること、単に誰もが誰もに依存しているだけではなく、深い意味では実際に誰もが誰もであることを理解するのに役立ちます。全ての私たちの物質は地球から来ており、地球へと戻って行きますので、私たちは地球であることが分かりますよね。私が意味することは、地球は私たちを取り巻くただの環境であると言うのは間違っているということです。それは、胃をその環境の一部として見なしている脳のようなものです。

英語の思いやりという単語は、一緒に感じる(苦しむ?)という意味であり、人々が一緒に同じ気持ちを持っているなら、お互いに責任があり、それであなたは思いやりを持ちます。

(全ての問題の根源は人間の考え、思考です。自分勝手なことをするから問題が生じるのです。思考はエゴがする行動ですので、問題を解決しなければならないと考えながらも、新たな問題を作り続けていることに気付けません。自分のことしか考えていないからです。従って、考えるとは自分勝手なことを考えるという意味ですので、問題を解決することは不可能です。真に問題を解決したいなら、考えてはいけないのです。地球は一家だと口では言っている人が正反対の行動をしているのは、当人がエゴだからであり、騙されてはいけません。内在的秩序は、全ての物は他の全ての物を包み込んでいるという理論です。例えば、人間が食べる物は人間以外の水、空気、土、太陽光という全宇宙の要素からできていますので、人間は体内に全宇宙を包み込んでおり、人間の体が分解すると各要素が全宇宙へ戻って行きますので、全宇宙が人間を包み込んでいることになります。従って、地球とは人間そのものですので、外部の環境ではありません。環境を汚染することは自分を汚染していることだと気付いた瞬間、自分勝手なエゴの行動は取れなくなるのです。)

(注) 括弧書きの中は私の解説です。

(つづく)

(参考)
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

Thursday, September 24, 2015

デヴィッド・ボーム (1)

次のビデオをご覧ください。デヴィッド・ボームの言っていることは、正に仏陀が「空」によって説いたことと同一です。


完全性:現実への可干渉的なアプローチ – デヴィッド・ボーム (1)

「厄介なことはこの断片化だと私は思います。(中略)全ての思考は断片に分割されています。この国家、この国、この業界、この職業などのように。(中略)そして、これらは問題に上手く対処することができません。思考は何にも影響を与えることなく、ただ物事のあるがままをあなたに伝えることを求める方法で伝統的に発展してきたため、このようなことが起こります。それ故に、人々は自分が問題を創造しており、どうやらそれを解決しようとしているらしいということを理解することができません。(中略)分裂していない完全性は、全生命への態度、またはアプローチの一種です。私たちが現実に対して可干渉的な(波動が互いに干渉しあう性質をもつ)アプローチを持つことができるならば、現実は私たちに可干渉的に応答します。」

以下は、1990年、アムステルダムでのドキュメンタリー「変化する経済において芸術が科学と精神性に出会う」で取り上げられた、ビデオ「完全性と断片化」からの転写であり、デヴィッド・ボームのプレゼンテーションからの一部抜粋です。

「私たちは外面的に関連しているだけでなく、内面的に全てと関連しています。意識は全体との内部の関係であり、私たちは全体から摂り入れ、全体へ行動します。私たちが摂り入れるものが何であろうとも、私たちが何であるかを基本的に決定します。

まず第一に、厄介なことはこの断片化だと私は思います。全ての人、全ての思考が断片に分割されています。この国家、この国、この業界、この職業などのように。(中略)そして、これらは問題に上手く対処することができません。それに口を差しはさむことは非常に困難です。

しかし、思考は何にも影響を与えることなく、ただ物事のあるがままをあなたに伝えることを求める方法で伝統的に発展してきたため、このようなことが起こります。それ故に、人々は自分が問題を創造しており、どうやらそれを解決しようとしているらしいということを理解することができません。

(デヴィッド・ボームが指摘する断片化という厄介な問題とは、分裂していない完全性である現実を思考が切り刻んでいることから発生する問題のことです。元々一つである分離されていない完全な地球という生命を、人間が思考によって無理やり分離したことから、あらゆる対立や紛争が生じています。簡単に言うと、「自他の分離」が引き起こす問題です。そして、思考とは、言い換えると「概念」、「言葉」のことであり、これらは全て「区別」、「分離」、「差別」するために人間が創造したものなのです。)

(注) 括弧書きの中は私の解説です。

(つづく)

(参考)
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
https://creativesystemsthinking.wordpress.com/2014/10/01/wholeness-a-coherent-approach-to-reality-david-bohm/

地球=分裂していない完全性

Saturday, July 4, 2015

洞察と非思考

歴史的次元(時空間)、または現象界においては、全ての現象は客観的現実ではありません。全ての現象は自分の心の対象です。ですから、自分がエゴ(独立した自己)なら、自分が見る全ては幻想であると私は理解しています。そして、自分が本当の自分(独立していない自己)なら、自分が見る全ては現実です。全ては、私たちが誰であるかに依ります。

なぜなら、エゴは不必要な煩悩と正しくない思考を引き起こす誤った見方、または誤った知覚を持っているからです。そして、本当の自分は全ての見方、または全ての知覚の不在を意味する正しい見方を持っています。ところで、単純に誤った見方とは、「私は特別、別格」という見方を意味します。もし、私たちがマインドフルで集中しているなら、洞察(正しい見方)を得ることができます。そして、正しい見方が私たちの中で堅実なら、私たちは正しい考えを持つことができます。

ティク・ナット・ハンは、「正しい考えは物事のあるがままを映し出します。誤った考えは私たちに物事を『逆さま』に見させます」及び「非思考なら、私たちは言葉や概念から自由になり、現実に深く接触します」と言いました。従って、正しい考えとは、非思考を意味します。これらの言葉は悟りを開いた人だけでなく、全ての動物、植物、鉱物にも適用可能であると、私は思います。なぜなら、全ての動物、植物、鉱物は考えずに常にマインドフルだからです。人間、動物、植物、鉱物の要素は全て、水、空気、大地、太陽光であり、同一です。そして、要素の各素粒子とエネルギーは意識を包み込んでいます。ですから、崩壊した人体と意識は岩の内部にさえあるに違いあしません。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-43851275

Patino Flat Rock, Australia Photo by William Patino

Friday, July 3, 2015

愚かな人間

「動物、植物、鉱物は意識を持つことができ、悟りを開くことができますか?」という質問への私の回答は次の通りです。

はい、私はそう感じます。動物、植物、鉱物は考えませんので、常にマインドフルです。彼らは一度も愚かな人間のように、概念、考え、見方、信念を創造したことがありません。ですから、彼らは分離や差別で苦しむ必要は全くありません。そして、彼らは概念、考え、見方、信念を捨て去るために自分の貴重な時間とエネルギーを浪費する必要はありません。彼らはそのために知能を獲得する必要がありません。彼らは生命の素晴らしさに触れることができ、努力することなく洞察を得て、シンプルライフを楽しむことができます。この意味で、全ての動物、植物、鉱物は顕現した時から悟りを開いていたということです。ですから、私たち人間は何て愚かなんだろうと本当に感じます。私たちは概念を創造し、一杯苦しみ、全ての概念を捨て去るためにたくさん修行し、最終的に悟りを得ます。人間は自分で問題を起こしておいてから収拾を持ちかけ、何らかの報酬を受け取ろうとする愚かな生きものです。正に、マッチポンプ(マッチで火を付けてポンプで消火するという二役を一人でこなすこと)です。

私たち(人間、動物、植物、鉱物)全員が、全宇宙として同じであると私は理解しています。なぜなら、私たち全員が、水、空気、大地、太陽光からできているからです。そして、私たちは形を変えながら、肉体的にも意識的にも生態系内で循環しています。つまり、私たちの体の一つ一つの素粒子やエネルギーは意識を包み込んでいるということです。ですから、私たちは全宇宙です。過去の全ての遺伝的祖先と精神的祖先は私たちの中にいますし、私たちは将来の遺伝的子孫と精神的子孫の中にいます。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-39591867

A dolphin and a cat in San Diego Video by Malk Ahmad

Sunday, June 28, 2015

Truths of Suffering and Happiness 苦しみと幸福の真理

< Truths of Suffering and Happiness >

I understand the truths of suffering and happiness as followings:

1. The conventional truth in the phenomenal world (in space and time): 
The root cause of all sufferings is separate self who separates oneself from others. The root cause of all happiness is non-separate self who never separates oneself from others.

2. The ultimate truth in the phenomenal world (in space and time): 
Suffering is no other than happiness and happiness is no other than suffering because suffering and happiness are two sides of the same coin. 

3. The ultimate truth in the noumenal world (without space and time): 
There is no notion of suffering and happiness because of the extinction of all notions.

 (Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself 


<苦しみと幸福の真理>

私は以下のように、苦しみと幸福の真理を理解しています。

1. 現象界(時空間内)における一般的真理:
「全ての苦しみの根本原因は、自他を分離する独立した自己(エゴ:自性自己)である。全ての幸福の根本原因は、自他を決して分離しない独立していない自己(本当の自分:無自性自己)である。」

2. 現象界(時空間内)における究極の真理:
「苦しみと幸福は表裏一体であるので、苦しみは幸福に他ならず、幸福は苦しみに他ならない。」

3. 本体の世界(時空間なし)における究極の真理:
「全ての概念の絶滅によって、苦しみと幸福の概念もない。」

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

Sunday, October 5, 2014

意識の神秘

1. 潜在意識、カルマ(業)、エゴ 
潜在意識にある健全、または不健全な種子とは、前世までに刻印されたカルマ(業)を意味します。そして、私たち(潜在意識)は、刻印された前世のカルマ(業)に応じて計画された特定のエゴ(自性自己)をでっち上げるために両親を選んだのです。私たちの両親、祖父母、全ての先祖は子どものエゴと同一または類似のエゴを持っていたに違いありません。それは前世の終点から現世における新たな旅を再開するために、幼児期に私たちの前世のエゴ(精神的成熟度)を復活させる必要があるからです。それ故に、幼児期の記憶が覆い隠されるのかもしれません。家族はよく計画されたエゴ顕現工場であり、人間性進化のためのトレーニング・センターであると言えます。このように、私たちのカルマ(業)は輪廻転生するのです。

2. 種子、知覚、見方、自己
潜在意識にある種子は、私たちの知覚に応じて発芽します。もし、誤った知覚(苦痛の種)であれば、不健全な種子に水をやり、正しい知覚(超然)であれば、健全な種子に水をやります。従って、選択的な水やりは私たちの知覚によって行われます。そして、誤った知覚(苦痛の種)の一つに、自他を分離する(私は特別、別格という)歪な見方があります。更には、歪な見方は自性自己、即ちエゴに起因します。一方、正しい知覚(超然)の一つに、分け隔てなく全てを受け容れる(私たちは根本的に皆同じという)正しい見方があります。更には、正しい見方は無自性自己、即ち本当の自分によって引き起こされます。 

3. 意識、脳、心行(感情や理性)
思考は顕在意識(脳)によって引き起こされ、顕在意識(脳)で顕現した不健全な心行(感情)によって精神投影が起きます。ですから、私たちは精神投影を通して幻想を見るのです。一方、マインドフルネス(念)は、顕在意識(脳)で顕現した健全な心行(理性)によって穏やかになった潜在意識により起こります。ですから、私たちは洞察(ホリスティックな見方)を通して現実を見ることができるのです。

4. 人間性の進化
結論として、人間は前世と同じ状況においてどのように反応するかをテストされています。それは追試のようなものです。過去の過ちを克服するためには、追試に合格する必要があります。これが人間性進化の手法です。私たちは潜在意識なのです。
 
ティク・ナット・ハンが提示したイメージ

Saturday, October 4, 2014

ルーツ

人間には、肉体的なルーツと​​精神的なルーツがあります。肉体的なルーツは身体、即ち遺伝子に基づいていおり、精神的なルーツは魂、即ち潜在意識に基づいています。肉体的なルーツは先祖を振り返れば理解することができますので比較的簡単ですが、精神的なルーツは、それが微粒子ではないため、理解することは困難です。 

肉体的な記録は遺伝子により受け継がれ、精神的な記憶は潜在意識に刻印されるカルマ(業)により受け継がれます。そのため、私たちの肉体的なルーツと​​精神的なルーツは必ずしも同一ではありません。しかし、エゴの特徴(精神成熟度)は、二者間で同様(または同一)​​であるに違いありません。それは前世の終点から現世における新たな旅を再開するために、幼児期に両親との関係を通して、私たちの前世のエゴ(精神的成熟度)を復活させる必要があるからです。

人間は全生涯を通じて、前世と同じ状況においてどのように反応するかを試験されています。それは追試のようなものです。もし、追試に合格すれば、カルマ(業)を相殺できます。しかしながら、もし新たなカルマ(業)を創造してしまうと、それを償うために更なる追試を受けねばなりません。ですから、私たちの人生は、人間性の進化のための追試なのです。

私たちの精神的なルーツはどこから来たのでしょうか?それは謎です。しかし、私たちが潜在意識であることと肉体を身にまとっていることは確かです。そして、質量・エネルギー保存の法則により、潜在意識も肉体も決して死ぬことはなく、永遠に輪廻転生することもまた確かです。
 
A river of lava at Bardarbunga volcano in Iceland

Saturday, September 27, 2014

人生の神秘(貴方はもう悟っている!)



1. 傷ついたインナー・チャイルド

私たちのエゴ(自性自己)は、幼児期に両親(無意識に)に無条件に受け入れられなかったので、自分を守るために私たちの傷ついたインナー・チャイルドによってでっち上げられます。私たちのインナー・チャイルドは、まだ(無抵抗な)赤ん坊なので自分を脱出させてあげられないため、恐れと不安で両親に怯えています。

エゴをでっち上げる目的は、私たちの潜在意識に刻印されたカルマ(業)に応じて、私たちの前世の精神的成熟度を復活させることです。ですから、私たちは前世のエゴをでっち上げ、前世の終点から現世における新たな旅を再開するために、私たちの両親を選んだのです。

それ故に、幼児期の私たちの記憶が覆い隠されているのかもしれません。もしそうならば、家族はよく計画されたエゴ顕現工場であり、人間性進化のためのトレーニング・センターです。

2. エゴ(自性自己)

ほとんどの人はエゴ(自性自己、又は偽の自己)を自分であると信じています。それはエゴが無意識にあり、意識的に認識し得ないからです。ですから、エゴは本当の自分が復活するまで成長します。

エゴは自他を分離しますので、自分を守ってくれず、むしろ苦しみを引き起こすことを人々は分かっていません。

エゴは「私は特別、別格、他より優秀」という歪な見方をします。歪な見方は誤った知覚(苦痛の種)の一つですので、エゴはいつも精神投影を通して幻想を見ており、現実を見ることができません。

3. 本当の自分(無自性自己) 

ほとんどの人は、生まれた時から誰もが悟りを開いていたことを認識していなかったかもしれません。しかしながら、真実はあなたのエゴ(自性自己)が本当の自分(無自性自己、又は神)を覆い隠していただけなのです。鍵は、あなたが誰であるかです。

本当の自分を復活させるための手法としては、「マインドフルネス(念)」、「ヨガ」、私独自の手法である「無条件の自己受容」のように色々な手法があります。しかし、自己探求に基づく手法と瞑想に基づく手法の間には違いがあります。

私独自の手法は自己探求に基づく手法であり、二元性を超越するために、無条件の自己受容を通して本当の自分を復活させ、インナー・チャイルドを癒し、喜んでエゴを手放すことを一回の試行で可能にします。それ故に、私たちのエゴは本当の自分を再び覆い隠すことは決してありません。

4. 傷ついたインナー・チャイルドを癒す

ほとんどの人は、潜在意識の傷ついたインナー・チャイルドを認識できません。しかしながら、あなたがエゴを持っている場合、あなたの傷ついたインナー・チャイルドは、間違いなくあなたのエゴに覆い隠されています。

一旦、本当の自分が復活すると、私たちの傷ついたインナー・チャイルドの苦しみを認識し、それを抱きしめ、それを和らげ、深く耳を傾け、それを深くのぞき込み、根本原因を理解し、思いやりのエネルギーを発生させ、私たちの傷ついたインナー・チャイルドを癒すことが可能です。

傷ついたインナー・チャイルドを癒すことに成功した場合、インナー・チャイルドは自分を守るために再びエゴをでっち上げることは決してしないでしょう。それは、インナー・チャイルドがもはや恐れや不安を持っていないからです。

5. 喜んでエゴを手放す

一度、私たちの傷ついたインナー・チャイルドが癒されると、もはやエゴをでっち上げる必要がなくなります。その結果、私たちのエゴのパワーは自動的に弱くなります。それ故に、本当の自分は簡単に喜んでエゴを手放すことができるのです。

ですから、いかなる束縛もなかったわけですから、解放というものはありません。全ては幻想でしかなかったのです。しかし、この幻想は意図的に私たち自身、即ち無意識が創造したものだったのです。

これが、人生の神秘の全体像です。私たちは、前世と同じ状況においてどのように反応するかをテストされています。それは追試のようなものです。前世の過ちを克服するためには、追試に合格しなければなりません。私たちの人生は、人間性の進化のためなのです。

Grand Teton National Park, Wyoming, Photo by Jackson Hole

Tuesday, May 27, 2014

エゴと問題解決 Ego and problem-solving

自分さえエゴを手放せば、どんな相手ともストレスは生じません。

しかし、自分だけエゴを手放しても、相手がエゴを手放さない限り、問題は解決しません。


問題は双方がエゴを手放さない限り、解決しないのです。


If you release your ego, stress will never occur between any counterparts. 


However, problems won't be solved if your counterparts don't release their ego.


Problems will be solved only if both sides release own ego.