Friday, February 5, 2016

私たちはあるがままの現実を見ているか?

次のビデオ「私たちはあるがままの現実を見ているか?」をご覧ください。

以下は、本ビデオに対する私のコメントです。 

私の理解は次の通りです。
* 現実の知覚 = 錯覚(エゴによる)
* 現実の洞察 = 現実(目覚めた意識による)

デヴィッド・ボームは、「私たちの見方は、私たちの考え方に依存する」と言いました。ですから、全ては「私たちが誰であるか」に依ります。私たちがエゴ(独立した自己)なら、私たちは考えており、私たちが見るものは私たちの心の投影、即ち幻想です。一方、私たちが目覚めた意識(非分離自己)なら、私たちは考えておらずあるがままの現実直接触れることができます。言い換えれば、私たちは主体と対象間で区別をせずに、現実と一つになるということです。

仏陀は、自分が知覚するものに騙されないようにと、私たちへ助言しました。仏陀は、「知覚があるところには、騙しがある」と言いました。仏陀はまた、私たちの知覚のほとんどが誤っており私たちの苦しみのほとんどは誤った知覚から来ていると、多くの場面で教えました。そして、誤った知覚はエゴの思考(脳)によって引き起こされるのです。

デヴィッド・ボームはまた、「意識はお金よりはるかに重要である。意識の変化が不可欠である」と言いました。その通りであり、私たちはたったの吸う一息で、意識をエゴから目覚めた意識へ変容することができます。そして私たちは、仏陀ティク・ナット・ハンのように、マインドフルネス集中洞察を通して、​​常に目覚めた意識潜在意識)であり得ます。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

デヴィッド・ボーム