Thursday, March 3, 2016

何もしない

以下は、ティク・ナット・ハン著「幸福」からの抜粋です。

あなたはもう走る必要はありません。あなたの本当の家は、今、ここにあります。あなたは堅実で、自由です。あなたは、顔面の全ての筋肉をリラックスさせて、微笑むことができます。

私たちは座禅を組むのに成功するために少し訓練を要します。私たちは常にで、そして何かをすることに大変慣れていますので、座禅を組んで何もしないことは、最初は困難であり得ます。ネルソン・マンデラ氏が、フランソワ・ミッテラン仏大統領を訪問するためにフランスにやって来た時、報道機関がマンデラ氏に何を一番やりたいかと尋ねました。「私が一番やりたいことはただ腰を下ろして何もしないことです。私が刑務所から釈放されて以来、私は座ったり呼吸をする時間がないほど、超多忙でした。ですから、私が最も望むことは、ただ腰を下ろして何もしないことです」と彼は言いました。

座って何もしないで済むように、ネルソン・マンデラ氏に2~3日与えたなら、彼はそのやり方をご存知でしょうか?なぜなら、座って何もしないことは、私たちのほとんどにとってあまり簡単ではないようだからです。私たちは常に何かをすることに慣れています。私たちは、座禅を組んで、座禅を組むことを楽しみ、何もしないで、何もしないことを楽しむことができるようになるために、少々訓練が必要です。私たち各人が、常に何かをしていなければならないという習慣エネルギーを持っています。私たちが何かをしていない場合、私たちはそれに耐えられません。ですから、ただ座って何もしないことは技術であり、座禅瞑想の技術なのです。

(解説)
何もしないのは簡単に聞こえますが、実際にはほとんどの人にとって非常に困難です。なぜなら、停止が必要とされるからです。特に、心、即ち思考を停止すること。換言すれば、停止するとは、エゴを手放すことによって目覚めた意識を復活させることを意味します。ですから、停止するとは。自己変容のことです。私たちが本当に停止できたなら、休息、穏やかさ、癒しを得ます。

(Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/pebble-meditation-revised


ティク・ナット・ハン