次のタイ・ファップ・ダンの法話を深く傾聴してください。
http://deerpark.libsyn.com/2017-02-12-thay-phap-dang?tdest_id=113448
以下は私のメモ書きです。法話内容に完全に同意します。
1. マインドフルネスとは?
マインドフルネス = ハートフルネス ≠ 頭(脳、思考)
マインドフルネス = 透明な心 = 純粋な心 = 全ての考えを取り除く = 仏陀の心 = 透明な意識 = 透明な目覚めた意識
(悪魔の心 = 怒り、憎しみ等の煩悩)
2. 苦しみの世話の仕方
「脱出法は入ること」 ⇒ 自分の苦しみから逃げずに、世話をすること
1) 苦しみを認識する(私の怒りよ、こんにちは!)
2) 苦しみを受容する(私の怒りよ、世話してあげるからね。)
3) 苦しみを深く観る
4) 根本原因を理解する
5) 思いやりのエネルギーで苦しみを変容する
3. すべきこと
1) 戒律を守る(不殺傷、盗まず、性的不品行をしない等 = 仏陀の心 = 慈悲、思いやり)
2) 感覚をコントロールする(無執着、不渇望)
3) 節度のある食事(食べる量を少なくする)
4) 習慣エネルギー(癖)を克服する強い決意
5) 内面のもつれ(煩悩の種子)を根絶する
6) 理解を通して自他を愛す
(参考)https://www.slideshare.net/compassion5151/ss-44713365
ティク・ナット・ハンの書
次の「今、この瞬間の浄土」についての高僧ティク・ナット・ハンによる談話を深くご一読ください。
https://www.lionsroar.com/in-the-pure-land-of-the-present-moment/
(ティク・ナット・ハンへの私の質問)
最初に、ティク・ナット・ハンは、「今、この瞬間の浄土と呼ばれるような場所が本当にあります。その地は空間や時間に限定されていません。仏教用語では、その地は時空の外にあります」と言いました。
最後に、ティク・ナット・ハンは、「それ故に、私たちがマインドフルな呼吸や歩行をするなら、正にその空間と時間にある、今、この瞬間の浄土に戻ることができます」と言いました。
ですから、「正にその空間と時間」とは、時空の外になければなりません。ティク・ナット・ハンは、「量子物理学の用語では、正にその空間と時間は、非局所的(一つの場所に限定されない)、且つ非時間的(一つの時間に限定されない)です」と言いました。ですから、今、この瞬間の浄土は、現象界(歴史的次元)ではなく、本体の世界(究極の次元)になければなりません。
この意味で(空間と時間がないため)、私たちの体は今、この瞬間の浄土で暮らすことはできませんが、目覚めた意識だけが今、この瞬間の浄土で暮らすことができると、私は理解しています。
ティク・ナット・ハンに質問があります。(談話の中では「ある」と発言されていますが)今、この瞬間の浄土に、苦しみや幸せなどの概念はあり得るのでしょうか?本体の世界(究極の次元、涅槃)には、概念は全くないと私は理解しています。なぜなら、ティク・ナット・ハンが私たちに説いた通り、「全ての概念の絶滅が涅槃である」からです。
(浄土で暮らすためのステップ)
私たちが思考を停止できた場合にのみ、浄土で暮らすことができると、私は理解しています。そして、1日24時間浄土で暮らすためのステップは、
(1) 意識的な呼吸、(一時的な悟りのため)
(2) 苦しみの根本原因の洞察、(長続きする悟りのため)
(3) 全ての概念の絶滅、(完全な悟りのため)
でしょう。
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-62010528
ティク・ナット・ハン
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習13-16: 知覚
(13-14): 無常と渇望
実習13-16は、完全な悟りを開くための実習であり、非常に深い観察を要します。その前に理解しておかなければならないことは、この世界は私たちの心の対象であり、心の投影ですから、私たちの心そのものであることです。つまり、私たちの心を投影したものが、この世界なのです。心の対象は知覚の対象であり、知覚の対象は知覚(頭の中の概念の連続)ですから、知覚がこの世界です。換言すれば、知覚されている対象は知覚者であるということです。量子物理学者のデビッド・ボームは、「私たちの見方は、私たちの考え方に依存する」と言いましたが、上記の仏陀の指摘と一致します。
実習13では、全ての心の対象の無常(「空」の時間的側面)の本質を深く観察します。全てのものは変化していますので、全ての心の対象の無常の本質が観えます。そして、全ての心の対象は私たちの心(知覚)の投影ですから、全ての知覚の無常の本質を観ます。従って、私たちの心の対象であるこの世界は私たちの知覚そのものであり、無常の本質を有するのです。実習14では、渇望(否定的な欲望)の消滅を深く観察します。そして、考え(アイデア)の消滅を深く観察します。つまり、私たちの渇望は単なる考えでしかなく、時間が経過すると消滅してしまうのです。
(15-16): 無我と涅槃
実習15では、全ての現象の不生不死の本質を深く観察します。不生不死とは、生まれることも死ぬこともないという意味です。全てのもの(人間、動物、植物、鉱物)は形を変えながら継続している(生き続けている)だけですので、死にませんから生まれることはできませんし、生まれませんから死ぬこともできないのです。そして、全てのものはその他全てのものからできていることを観ます。つまり、その他全てのものは全てのものの中にあります。従って、全てのものはその他全てのものであるということです。これは、独立して存在できるものは何もないという無我(「空」の空間的側面、相互依存)の本質を観ているのであり、究極の真理です。
実習16では、全ての概念(全てのもの)を手放しているのを深く観察します。全ての概念の絶滅が涅槃です。全ての概念は人間のエゴ(独立した自己、自性自己、偽りの自分)がでっち上げたものであり、全て誤りであることを確信していますので、全ての概念を投げ捨てることは簡単です。全ての概念が絶滅すれば、考える対象が無い訳ですから完全に非思考となり、一日24時間目覚めた意識(独立していない自己、無自性自己、本当の自分)のままで、常に洞察を得ることが可能になります。洞察とは、何の努力もすることなく(何も考えなくても)、穏やかな心が外部の現実を静水(鏡)の如く映し出し、透明な心が内面の現実を見透すことを意味します。これが完全な悟りを開いたということであり、完全に目覚めたということです。
(おわり)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習9-12: 心行と意識
(9-10): 選択的水やり
実習9-12の対象は心行(精神形成物)と意識であり、実習5-8の感情との違いが分かりにくいかもしれません。実は、感情も知覚(頭の中の概念の連続)も51種類の心行の一つなのですが、余りにもインパクトの強い心行であるため、感情と知覚は外出しされているのです。従って、実習9-12の心行は49種類となります。次に、意識ですが、仏教では8種類の意識があり、体、感情、知覚、心行の根源であるとされています。8種類の意識とは、感覚意識(五感)、心の意識(顕在意識)、マナス(エゴ)、貯蔵意識(阿頼耶識)です。
実習5-8の感情は心の意識(顕在意識)に顕現した感情に限定されますが、実習9-12の心行と意識はその領域に加えて、もっと深い領域である貯蔵意識(阿頼耶識、潜在意識)に貯蔵されている心行の種子(心行が顕現する前の段階)も含み、その両方(心行と種子)に働きかけます。簡単に言うと、健全な種子に水やりをすると健全な心行が顕現し、不健全な種子に水やりをすると不健全な心行が顕現するということです。
従って、選択的水やりとは、次の通りとなります。
1) 健全な種子に水やりをする。
2) 不健全な種子に水やりをしない。
3) 健全な心行が顕現していたらそれを維持する。
4) 不健全な心行が顕現していたら、健全な心行へ変容する。
5) 意図的に、不健全な種子に水やりをして不健全な心行を顕現させ、健全な心行へ変容後、健全な種子として貯蔵意識へ戻す。
(注)5は難易度が高く、上級者でなければ危険ですので、初心者にはお勧めできません。
マインドフルなら、自分の内面と周囲で何が起こっているかに気付けますので、気付き次第選択的水やりをすれば、自分の心を自由自在にコントロールできます。また、自分が選択的水やりをするだけでなく、周囲の人にも選択的水やりをしてもらえるように依頼しておくことが賢明です。この選択的水やりは、八正道の「正精進」(正しい精進)のことです。
(11-12): 集中と解放
実習11-12は、心行を深く観て、洞察を得て根本原因を理解し、思いやりを発生させて心行を変容する実践です。深く観ることによって集中のエネルギーが発生し、その集中のエネルギーによって根本原因の洞察(理解)を得、洞察のエネルギーによって思いやりが発生し、思いやりのエネルギーによって恐れや不安といった心行が変容するのです。心行を変容することが、心の解放です。尚、実習11で得る根本原因の洞察(理解)とは、四諦の第二の真理(集諦:苦しみの原因)に該当します。また、実習12で達成する心行の変容とは、四諦の第三の真理(滅諦:苦しみの終わり)に該当します。
恐れや不安といった煩悩は、苦しみの原因です。従って、恐れや不安がある限り、あるがままの自分を無条件に受け容れることができなくなります。自己嫌悪になる場合もあります。常に考えてばかりで、心が過去に彷徨うと後悔や悲しみで苦しみ、未来に彷徨うと恐れや不安で苦しみます。この悪循環は、苦しみの根本原因を洞察を通して理解しない限り、断ち切ることはできません。断ち切れないと、たとえ意識的な呼吸で一時的に思考を停止できてマインドフルになれたとしても、何かの拍子に思考が復活して失念状態に戻ってしまうのです。
従って、安定的に思考を停止し、マインドフルな状態を長く継続するには、どうしても苦しみの根本原因を洞察を通して理解する必要があります。もちろん、それでも概念を絶滅できていませんので、たまには思考が復活してしまいます。それ故に、本物の実践者は毎日瞑想を欠かすことはなく(ティク・ナット・ハンは一日24時間瞑想している由)、常にマインドフルな状態を維持するための実践を怠りはしないのです。完全に一日24時間思考を停止する(マインドフルでいる)ためには、概念の絶滅によって、完全な悟りを開くしか方法はありません。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習5-8: 感情
(5-6): 喜びと幸せ
実習5-6(喜びと幸せの発生)は、実習1-2 で、マインドフルネスに自分自身を確立すると同時に、自動的に起こります。従って、実習5-6に持ってくるより、実習3-4にした方が時系列的には正しいです。但し、喜びと幸せは感情のカテゴリーに入りますので、実習5-6に持ってきたのだと推測します。いずれにせよ、実習1-2 でマインドフルな呼吸ができていれば、自分は目覚めた意識(本当の自分)に戻っていますので、生命の奇蹟に触れることができ、喜びと幸せが自動的に発生するのです。喜びと幸せの実感の表現としては、「花のように、何も考えることなく、ただ咲いている」(花を人間に置き換えると、「何も考えることなく、ただ微笑んでいる」)といったところでしょうか。
いくら意識を呼吸に集中しようとしても、自分の恐れや不安から思考を停止できない人(心が過去や未来を彷徨っていて、今この瞬間に戻れない人)は、残念ながらエゴ(偽りの自分)のままですので、喜びと幸せを発生させることはできません。従って、実習1-2によって喜びと幸せを発生させることができない人は、たとえ先へ進んだとしても、マインドフルネスのエネルギーがありませんので、認識し、抱きしめ(受容し)、痛みや苦しみを和らげて軽減することは不可能です。ですから、ティク・ナット・ハンは、「目覚めた意識(本当の自分)に戻れる迄、つまりマインドフルな呼吸や歩行ができるようになる迄、先へ進まないで意識的な呼吸や歩行を続けて下さい」と指導しています。ですから、実習5-6は、自分が正しいマインドフルネスを実践しているか否かを自分でチェックする方法とも言えます。
(7-8): 苦痛の感情
実習5-6は肯定的な感情に気付いて維持する実習ですが、実習7-8は否定的な感情(苦痛の感情)に気付いて静める実習です。実習3-4の全身を苦痛の感情に置き換えれば、することは全く同じです。マインドフルネスのエネルギーによって苦痛の感情を認識し、抱きしめ(受容し)、感情の中の緊張を解放することによって苦痛の感情を穏やかにするのです。
自分が感情を認識するということは、自分が感情の目撃者、観察者であるということです。従って、感情は自分自身ではありません。本当の自分は感情を目撃している目覚めた意識なのです。ですから、絶望のような強い感情であっても圧倒される必要はありません。ただ、眺めていればいつの間にか消えていきます。感情は無常(常に変化)であり、一時的に吹き荒れる嵐のようなものですので、慌てて反応してはいけません。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習1-4: 体
(1-2): 呼吸
この最初の二つの実習(意識的な呼吸)は、非常に重要です。なぜなら、この最初の意識的な呼吸によって、思考、即ち知覚を停止し、マインドフルネスに自分自身を確立するからです。つまり、この最初の意識的な呼吸によって、自分自身をエゴ(独立した(自性)自己、偽りの自分)から目覚めた意識(独立していない(無自性)自己、本当の自分、法身)へ変容するのです。思考を停止できれば、この変容は自動的に一瞬で起こります。しかしながら、強い恐れや不安を持っている人は、いくら呼吸に意識を集中しようとしても、考え続けてしまって思考を停止できません。
留意すべき点は、この最初の段階でマインドフルネスに自分自身を確立しておかないと、三番目以降の実習効果は期待できないということです。ティク・ナット・ハンが、「一息(2~3秒)で本当の自分に戻れる」と言っているのは、正にこの最初の意識的な呼吸のことを意味すると、私は理解しています。
(3-4): 全身
最初の二つの実習(意識的な呼吸)でマインドフルネスに自分自身を確立できると、マインドフルネスのエネルギーによって、目覚めた意識が自動的に自分の内面と周囲で何が起こっているかを気付けるようになります。実際には、一気に全てに気付くことができる(同時にあらゆる洞察を得ることができる)のですが、実習ではステップを踏んで順番に対象に気付いていきます。対象とは、人間を構成する五蘊(体、感情、知覚、心行、意識)を意味し、具体的には3-4:体、7-8:感情、9-12:心行と意識、13-16:知覚の順で認識し、穏やかにしていきます(痛みや苦しみに気付いて静めていきます)。
まず、3-4では全身の痛みに気付いて、痛い部分の緊張を解放します。体と心は密接に影響を及ぼし合っていますので、体の痛みが激しいと意識を集中できなくなり、マインドフルネスに自分自身を確立できなくなります。従って、第一に全身の健康をマインドフルネスの光線でレントゲンの如くチェックし、不健康な部分は抱きしめて十分にケアしてあげることから始めるのです。以上の通り、マインドフルネスのエネルギーは、認識し、抱きしめ(受容し)、痛みや苦しみを和らげて軽減する機能を持っています。尚、マインドフルネスに自分自身を確立できるやいなや、停止する効果、休める効果、穏やかにする効果、癒す効果が一気に発生します。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
ティク・ナット・ハンのフェイスブック・ページへの次の私の投稿をご参照ください。
https://www.facebook.com/thichnhathanh/posts/10154349910279635?comment_id=10154350854029635¬if_t=like¬if_id=1480597439075147
最近、ティク・ナット・ハンの教えには矛盾があると私は感じています。私の質問は、「恐れや不安を抱えている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのか?」です。
『無条件の自己受容が鍵です。 そのためには、洞察を通して苦しみの根本原因を理解する必要があります(この点はティク・ナット・ハンもよく理解されています)。そしてその洞察のためには、私たちはマインドフルで集中している必要があります。しかしながら、恐れや不安を抱えている人は、意識的な呼吸や歩行を通して、マインドフルになるために思考を止めることはできません。そして、真実はほとんどの人が考えるということであり、これは恐れや不安を抱えている証拠です。 この意味で、意識的な呼吸や歩行だけでは、マインドフルネスは達成不可能と言えます。
ティク・ナット・ハンが私の重要な質問に回答してくれることを私は願っています。私はティク・ナット・ハンの教えを学び実践し始める前に、洞察を通して私の苦しみの根本原因を理解していましたので、これは自分自身のためではありません。ティク・ナット・ハンの回答は多くの彼の信者と実践者に恩恵をもたらすでしょう。
私たちが目覚めた意識(独立していない自己、本当の自分)を復活させるなら、この地球の人間として、私たちは思考なしで存在できます。私(目覚めた意識)は、一日24時間中、非思考を体験しています。 言い換えれば、私は一日24時間中、停止し瞑想しています。ティク・ナット・ハンのような完全な悟りを開いている人々もまた同じことを体験しているに違いないと確信しています。そして、あなたは信じないかもしれませんが、熟睡状態の間、あなたは考えることができませんいので、目覚めた意識を復活させています。更には、全ての動物、植物、鉱物は考えませんので、常に目覚めた意識です。
その「もし」は、独立した自己から独立していない自己への自己変容を意味しますので、大きな「もし」です。完全な悟りのためには、全ての概念の絶滅が不可欠です。そのためには、究極の真理である「空」(相互依存、非分離、非差別、非二元性、全体性)を通して、全ての概念(思考)は誤っていることを理解する必要があります。
簡単に言えば、あなたはあまりにも考え過ぎなのかもしれません。考えているのは誰でしょうか?それは本当の自分ではありません。それは、あなたの両親から自分を守るために、あなたの傷ついた内なる子供(幼少期の本当の自分)によってでっち上げられたエゴ(偽の自分)です。ですから、あなたの幼少期に何が起こったのかを見つけ出す必要があります。それがあなたの恐れや不安の根本原因です。洞察を通して、私は全てのことを一瞬の内に見て、根本原因を理解しました。「(恐れや不安が生じるのは)無理もない!」 というのが私の第一印象でした。』
(解説)
私の上記質問に対する私の回答は次の通りです。
①意図:自分の苦しみにうんざりし、自分を変えたいと強く思う
②決意:自己変容
③洞察:自分の苦しみの根本原因を理解
④無条件の自己受容=無条件の自己愛
⑤煩悩なし:恐れや不安なし
⑥非思考:思考を止める
⑦マインドフルネス、集中、洞察
無条件の自己受容は、マインドフルネスの基盤です。無条件の自己受容なしでは、私たちは思考を止めることができませんので、マインドフルネスは不可能です。無条件の自己受容がなければ、マインドフルネスなし。無条件の自己受容のためには、洞察を通して自分の苦しみの根本原因を理解する必要があります。一度、私たちが自分の苦しみの根本原因の洞察を得ると、私たちはもはや恐れや不安がなくなりますので、思考を止めることができます。ですから、自分の苦しみの根本原因を理解した成果が、マインドフルネスなのです。マインドフルネスは、意識的な呼吸や歩行だけでは達成できません。自分の苦しみの根本原因を理解するためには、私たちは自分の苦しみにうんざりし、強く自分を変えたいと思う必要があります。
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
ティク・ナット・ハンのフェイスブック・ページへの次の私の投稿をご参照ください。
https://www.facebook.com/thichnhathanh/posts/10154349910279635?comment_id=10154350854029635¬if_t=like¬if_id=1480597439075147
最近、ティク・ナット・ハンの教えには矛盾があると私は感じています。 私の質問は、「恐れや不安を抱えている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのか?」です。私の理解するティク・ナット・ハンの教えは次の(1)の流れに基づいており、私の経験は次の(2)の流れに基づいていますので、この質問をしたいのです。
(1) マインドフルネス = 思考を止める ⇒ 集中 = 深く観る ⇒ 洞察 = 根本原因(現実の本質)を理解する ⇒ 愛と思いやりを発生させる ⇒ 変容
(2) 根本原因(現実の本質)を理解する = 洞察 ⇒ 無条件の自己受容 = 無条件の自己愛 ⇒ 恐れや不安なし ⇒ 非思考(考えない) ⇒ マインドフルネス
上記の2つの流れを要約すると、
(1) 苦しみの根本原因を理解するためには、マインドフルネス(思考を止めること)が不可欠。
(2) 思考を止める(マインドフルになる)ためには、根本原因を理解することが不可欠。
以下が私の投稿です。
『恐れや不安を持っている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのでしょうか?彼らは自分の恐れや不安の根本原因を理解していない限り、意識的な呼吸や歩行を試みても、思考を止めることはできません。苦しみを認識し、抱きしめ、軽減し、深く観るためには、まず考えを止める必要があります。
誰が思考(脳)を観察するのでしょうか? それは目覚めた意識である、と私は理解しています。思考を止めることができた(脳の使用を止めることができた)場合にのみ、目覚めた意識が復活します。目覚めた意識はただエゴ(独立した自己)によって覆い隠されていただけなのです。これは私の経験です。ですから、脳(おそらく左脳)が思考を止めることはできると、私は確信しています。 言い換えれば、人間は考えることなく、ただ花のように咲くことができるということです。考えることなく、目覚めた意識は常に洞察を得ます。
私の上記質問に対する私自身の回答は、次の通りです。私たちは苦しみにうんざりし、自分自身を変えたいと強く思う必要があります。そうすれば、苦しみの根本原因の洞察を得る機会が増えます。一度、私たちがその洞察を得ると、もはや私たちには恐れや不安がなくなりますので、無条件に自分を受け容れ、思考を止めることができます。ですから、恐れや不安を抱えている人には、思考を止めてマインドフルになるために、意識的な呼吸や歩行は機能しないのです。』
(つづく)
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
次のティク・ナット・ハンの法話をポッドキャストより、55:50 ~ 1:03:37 迄深く傾聴してください。
http://tnhaudio.org/2010/04/20/your-heart-is-like-a-flower/
以下は抜粋です。
引用:
すると、私たちはより良い、より美しい継続を確実にすることができます。それは今、私たちの手中にあります。マインドフルネスの実践によって、私たちはより良い将来を確実にするために、私たちの行動を浄化し始めることができます。
(鐘の音)
しかし、昨日、私が憎しみや差別の思考を既に生み出してしまったとしたらどうでしょうか?私はそれを持ち続けたくはありません。もし、昨日、私が私の父や友人に非常に意地悪なことを言ったとしたらどうでしょうか?私は後悔していますが、もう既にそれを言ってしまったのです。私はもう既にそれをしてしまったのです。
私たちが過去に創造した誤った考えや誤った発言を修復するために、何かできるでしょうか?その答えは「はい」、私たちは何かをできます。昨日、あなたは親切でないことを彼女に言ったかもしれません。今日、あなたはそれが正しい発言ではないことに気付き、修復したいと思い、今、この瞬間にそれを足止めします。あなたは正しい発言を実践したいです。
あなたは息を吸い込み、息を吐きます。そして、あなたは電話の受話器を持ち上げるか、コンピュータの電源を入れて、ごめんなさいと彼女に告げるために、あなたは本当は彼女に幸せになって欲しいということを彼女に告げるために、そのようなことを言ってしまったことを後悔していることを彼女に告げるために、手紙を書いてメールします。今、この瞬間に、あなたはそれをできます。なぜなら、あなたが和解の考え、慈しみの考えを生み出すやいなや、その思考があなたを癒し、相手を癒し始めるからです。
すると、昨日あなたがしたこと、昨日あなたが言ったこと、あなたのカルマ(行動)は、今日の行動によって変容されるでしょう。今日の行動、今日の思考は、昨日の行動と思考に追いつき、抱きしめ、変容します。仏陀は、「全ては心から来る」と言いました。心が変わると、全ては変わります。
あなたの祖母が生きていた間に、あなたが彼女に良くないことを言ったとしましょう。今、あなたは彼女に、「ごめん」と言いたいです。しかし、祖母はもはやおらず、「おばあちゃん、ごめん。私は意地悪なことをおばあちゃんに言ってしまいました。私は愚かでした。私はマインドフルではありませんでした。私はそのようなことを言おうとしたのではありませんでした」と、あなたは言う機会がありません。あなたが手紙を送ったり、電話したくても、祖母はもう生きていないのです。
あなたは過去でさえも修正し、修復することができますので、マインドフルネスの実践は素晴らしいです。座禅を組んで、深く観て、マインドフルに呼吸してください。それによって、あなたの祖母はあなたの体の細胞の一つ一つにまだ生きているという洞察をあなたは得ます。あなたの祖母は、まだいるのです。それから、あなたは祖母のカルマの一部なのです。(笑)あなたは祖母の継続です。あなたが何らかの形で祖母の継続であることは、非常に明白です。
ですから、あなたは次のように実践できます。
息を吸って、おばあちゃん、私は私の体の細胞の一つ一つに、あなたを見ます。
息を吐いて、おばあちゃん、私はあなたに微笑みます。
すると、あなたの祖母に今、ここで向かい会えます。あなたの祖母はもはやいないと考えることは、誤った考えです。それは誤った考えなのです。あなたの祖母がいたのは過去のことと考えるのは、誤った考えです。あなたの祖母はあなたの中と周りに常に存在しています。そして、あなたはいつでもあなたの祖母に、「おばあちゃん、ごめん。私は将来、もうあのようなことは決して言わないと約束します」と、話かけることができます。すると、あなたの祖母があなたに微笑んでいるのを、あなたは見ることができます。すると、あなたは癒されます。これが実践の素晴らしいところです。今、この瞬間に、あなたは過去を癒すことができ、未来を創造できるのです。
ですから、今、ここで取られた行動が、過去を修正し、訂正し、変容することができ、現在と未来を変容することができるのです。ですから、仏陀の教えにおいては、(正しく)考えることだけで、(正しく)発言することだけで、(正しく)行動することだけで、より良い未来と美しい未来を確実にすることが可能なのであり、それを行う支配権はあなたが握っています。あなたの自由意志が可能なのです。そして、そうすることは、良い環境において、サンガにおいて、より容易になります。
(解説)
上記のティク・ナット・ハンの法話は、自分自身の内面において過去を修正し修復するためです。私たちの相手との問題を修復することとは、何の関係もありません。私たち自身の問題は、マインドフルネスの実践を通して解決することができます。ですから、私たちはストレスから解放されます。これはメリットです。しかしながら、私たちの相手が同じことを実践しないなら、相手の問題は解決できません。すると、両者の間の問題は残ります。両者が過去を修正し修復する場合にのみ、両者間の関係を復元することができるのです。
(参考)http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
Thích Nhất Hạnh
次のティク・ナット・ハンの記事を深くご一読ください。
http://www.lionsroar.com/in-engaged-buddhism-peace-begins-with-you/
以下は記事から抜粋した鍵となる語句です。
引用:
仏教はあなたの日常生活と、あなたの苦しみと、あなたの周りの人の苦しみと関係していなければなりません。
あなたの中に十分な平和と思いやりがないなら、あなたが幸せになれる方法はありません。
非暴力と思いやりは、平和運動の基盤です。あなたの中に十分な平和と理解と慈愛がないなら、あなたの行動は真に平和のためではなくなるでしょう。誰もが平和は自分から始まる必要があることを知っていますが、そのやり方を知っている人は多くはいません。
あなたがこれらの煩悩の根本原因を知らないなら、煩悩の終わりへつながる道を見ることはできません。ですから、私たちの実践には苦しみが非常に重要なのです。
深い(思いやりのある)傾聴の実践は、まずは自分自身に向けられる必要があります。あなたがあなた自身の苦しみに耳を傾ける方法を知らないなら、他の人や別のグループの人々の苦しみに耳を傾けることが困難になるでしょう。
暴力的な行動は、更なる暴力を創造します。ですから、思いやりが暴力を減らすための唯一の方法なのです。
(私たちの日々の)実践は、思いやりの種子が成長するのを助けること、及び怒りの種子が縮小するのを助けることです。(中略)ですから、怒りの種子を認識し、理解と思いやりで怒りを中和しようとすることが、私たちの中の怒りを減らすための唯一の方法なのです。あなたがあなたの怒りの原因を理解していないなら、怒りを変容することは決してできません。
幸せと悟りは生きものであり、成長できます。毎日、幸せと悟りに食物を与えることが可能です。(中略)仏陀は、「食べずに生き残れるものは何もない」と言いました。それは、悟り、幸せ、悲しみ、苦しみにも当てはまります。
小さな悟りは、互いに継承しなければなりません。そして、大きな悟りを可能にするためには、いつも小さな悟りは食物を与えられなければなりません。ですから、マインドフルネスで生きる瞬間は、既に悟りの瞬間なのです。あなたがこのような方法で(マインドフルネスで)生きるように自分自身を訓練するなら、幸せと悟りは成長し続けるでしょう。
瞑想は楽しむことです。(中略)実践はいかなる瞬間にも成し得ます。それは将来に向けてではなく、今、この瞬間に向けてです。今、この瞬間が良好であれば、将来は現在からのみできていますので、将来も良好でしょう。
あなたが十分にマインドフルなら、全てのものに仏陀を見い出せます。特にサンガ(実践共同体)において。二十世紀は個人主義の世紀でしたが、私たちはもはや個人主義を望んでいません。今、私たちはコミュニティー(共同体)として生きようとしています。私たちは一滴の水としてではなく、川のように流れたいのです。川は確実に海に到着しますが、一滴の水は途中で蒸発するかもしれません。
マインドフルネスで語られる、或いは行われる一歩一歩、一息一息、一言一言、それが仏陀の顕現です。それ以外の場所に仏陀を探さないでください。仏陀の顕現は、あなたの暮らしの一瞬一瞬をマインドフルに生きる技の中にあります。
:引用終わり
(解説)
私たちは人々の苦しみに耳を傾ける実践をするために、人々の集団(国会のようなもの)を設置する必要がある、と指摘したティク・ナット・ハンに同意します。私は、心の中に思いやりを持って、深く傾聴することができる人々の一人です。ですから、皆さんを助けに来てと、私に依頼してください。
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=A1k7DwKhTWA&list=PLXB6HkIr-KyDO9EgGw5mBlx1sGVE5QaW3
ティク・ナット・ハン
次のウィリアム・A・.ティラー(スタンフォード大学材料工学の名誉教授)のビデオを深くご覧ください。
ウィリアム・A・.ティラーは、スタンフォード大学材料工学の名誉教授です。彼は趣味として30年以上にわたって、心理エネルギー論の分野の真剣な実験的且つ理論的研究を進めてきました。彼はまた、「科学と人間の変容」の著者でもあります。
(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/William_A._Tiller
(HP) http://www.tillerinstitute.com/
(解説)
ウィリアム・A・.ティラーが目に見えない精神的なエネルギーを測定しようとしていることは非常に興味深いことです。もし、彼が精神的なエネルギーを科学的に証明することに成功したなら、彼の研究は、「明日の物理学」の不可欠な部分になるかもしれません。
しかしながら、彼は仏教のマスターに、意識が肉体の死後に継続するかどうかを質問したいと言いました。このことは、彼が心と体の不生不死の性質を理解していないことを示しています。彼はまた、意識はより密度が高い物質へ入る精神の副産物であると言いました。このことは、彼が体と意識間の真の関係を理解していないことを示しています。彼が究極の真実を理解した上で、更なる研究を続けることを願っています。
シスター・ヒエン・ニエム(真の献身)の深い法話をご覧ください。
以下は、ビデオから抜粋したキーワードです。
< キーワード >
私の教育は私を騙したと感じました。
(彼女が22歳の頃、ケンブリッジ大学卒業後、BBC入社前)
「私は誰?」と、私は自問しました。どういうわけか、私の学位、私の(ケンブリッジ)大学の学位や私の学部は私に教えてくれませんでした。
もちろん、「私がここにいるのは、なぜ?」という質問を、私はしました。
また、「私が信頼できるのは、何?」かを、私は知りたかったです。
また、「私が向かっているのは、どこ?」かも、私は知りたかったです。
そして、 「どうしたらいいの?」という質問も、私は持っていました。
かつて、「私たちは、答へと通ずる自分の道を生きる」と言った詩人がいました。ですから、私はこれらの質問に答えるために、自分の道を生きています。
生命はエネルギーです。私たちを推し進めているその馬力は、エネルギーの一種です。
そして、時には上がって来る種子は非常に大きく、圧倒的です。(中略)介入するマインドフルネスの余地すらありません。そして、そのような時は、私たちが緊急の実践の類を実践する必要がある瞬間です。そして、私にとっては、ティク・ナット・ハンが私たちにそうするように教えてくれたことである深い腹式呼吸が、ずっと私の緊急の実践でありました。ですから、私たちの心が暴動を起こしている種子を有している時、私たちは混乱や雷雨の結果であるここ(頭、脳)から降りてくる必要があり、私たちは自分のエネルギーを私たちの呼吸(腹)まで連れて降ろさねばなりません。ですから、私たちは上部レベル(心の意識、顕在意識)から自分のエネルギーを降ろしてきて、ただひたすら呼吸し、状況に対応するのに役立つ余地を有する下部レベルのここ(貯蔵意識、潜在意識)の善い種子を信頼します。ですから、必要であれば、私たちは横になって、自分の怒りや悲しみや絶望を誘発していた状況から自分を連れ出します。そして、私は自分のお腹に手をあてて、私の全注意の100%を自分の腹部の上昇と下降に払います。そして、私はしばしば、「厳密に非思考」で、吐く息に初めから終わりまでずっとついて行き、再び吸う息に初めから終わりまでずっとついて行かねばならないという課題を自分に課します。それは、そう簡単ではありません。(中略)実践を積めば、一つの思考もなく、10回息を吸って吐くことは可能であるということを私は発見しました。(中略)ですから、私は何とか、自分の心を信頼せずに、自分の呼吸を信頼することを学んできました。もし、疑いがあるなら、呼吸してみてください。呼吸は、私を裏切ったことがなく、そのことが私に本物の強固な基盤を与えてくれています。私が100%完全に呼吸する時、呼吸は静めたり、浄化するのに役立ち、私に勇気を与えてくれることを、私は常に心得ていますので、信頼できて恐れる必要のないことを私が常に知っている何かを与えてくれるのです。
(解説)
これは、マインドフルネスを実践するための非常に具体的な手法、特に呼吸技術を共有する、もう一つの深い法話です。シスター・ヒエン・ニエム自身の経験に基づいていますので、この法話は非常に臨場感が溢れています。
幸せを発生させる方法、苦しみの世話をする方法、その答はマインドフルネスです。そして、マインドフルネスは、意識的な呼吸、即ち目覚めた意識を通して手に入ります。鍵は、思考を停止することです。非思考は、自分自身を目覚めた意識、即ち仏陀へと変容していきます。
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
シスター・ヒエン・ニエム(真の献身)