「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習13-16: 知覚
(13-14): 無常と渇望
実習13-16は、完全な悟りを開くための実習であり、非常に深い観察を要します。その前に理解しておかなければならないことは、この世界は私たちの心の対象であり、心の投影ですから、私たちの心そのものであることです。つまり、私たちの心を投影したものが、この世界なのです。心の対象は知覚の対象であり、知覚の対象は知覚(頭の中の概念の連続)ですから、知覚がこの世界です。換言すれば、知覚されている対象は知覚者であるということです。量子物理学者のデビッド・ボームは、「私たちの見方は、私たちの考え方に依存する」と言いましたが、上記の仏陀の指摘と一致します。
実習13では、全ての心の対象の無常(「空」の時間的側面)の本質を深く観察します。全てのものは変化していますので、全ての心の対象の無常の本質が観えます。そして、全ての心の対象は私たちの心(知覚)の投影ですから、全ての知覚の無常の本質を観ます。従って、私たちの心の対象であるこの世界は私たちの知覚そのものであり、無常の本質を有するのです。実習14では、渇望(否定的な欲望)の消滅を深く観察します。そして、考え(アイデア)の消滅を深く観察します。つまり、私たちの渇望は単なる考えでしかなく、時間が経過すると消滅してしまうのです。
(15-16): 無我と涅槃
実習15では、全ての現象の不生不死の本質を深く観察します。不生不死とは、生まれることも死ぬこともないという意味です。全てのもの(人間、動物、植物、鉱物)は形を変えながら継続している(生き続けている)だけですので、死にませんから生まれることはできませんし、生まれませんから死ぬこともできないのです。そして、全てのものはその他全てのものからできていることを観ます。つまり、その他全てのものは全てのものの中にあります。従って、全てのものはその他全てのものであるということです。これは、独立して存在できるものは何もないという無我(「空」の空間的側面、相互依存)の本質を観ているのであり、究極の真理です。
実習16では、全ての概念(全てのもの)を手放しているのを深く観察します。全ての概念の絶滅が涅槃です。全ての概念は人間のエゴ(独立した自己、自性自己、偽りの自分)がでっち上げたものであり、全て誤りであることを確信していますので、全ての概念を投げ捨てることは簡単です。全ての概念が絶滅すれば、考える対象が無い訳ですから完全に非思考となり、一日24時間目覚めた意識(独立していない自己、無自性自己、本当の自分)のままで、常に洞察を得ることが可能になります。洞察とは、何の努力もすることなく(何も考えなくても)、穏やかな心が外部の現実を静水(鏡)の如く映し出し、透明な心が内面の現実を見透すことを意味します。これが完全な悟りを開いたということであり、完全に目覚めたということです。
(おわり)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習9-12: 心行と意識
(9-10): 選択的水やり
実習9-12の対象は心行(精神形成物)と意識であり、実習5-8の感情との違いが分かりにくいかもしれません。実は、感情も知覚(頭の中の概念の連続)も51種類の心行の一つなのですが、余りにもインパクトの強い心行であるため、感情と知覚は外出しされているのです。従って、実習9-12の心行は49種類となります。次に、意識ですが、仏教では8種類の意識があり、体、感情、知覚、心行の根源であるとされています。8種類の意識とは、感覚意識(五感)、心の意識(顕在意識)、マナス(エゴ)、貯蔵意識(阿頼耶識)です。
実習5-8の感情は心の意識(顕在意識)に顕現した感情に限定されますが、実習9-12の心行と意識はその領域に加えて、もっと深い領域である貯蔵意識(阿頼耶識、潜在意識)に貯蔵されている心行の種子(心行が顕現する前の段階)も含み、その両方(心行と種子)に働きかけます。簡単に言うと、健全な種子に水やりをすると健全な心行が顕現し、不健全な種子に水やりをすると不健全な心行が顕現するということです。
従って、選択的水やりとは、次の通りとなります。
1) 健全な種子に水やりをする。
2) 不健全な種子に水やりをしない。
3) 健全な心行が顕現していたらそれを維持する。
4) 不健全な心行が顕現していたら、健全な心行へ変容する。
5) 意図的に、不健全な種子に水やりをして不健全な心行を顕現させ、健全な心行へ変容後、健全な種子として貯蔵意識へ戻す。
(注)5は難易度が高く、上級者でなければ危険ですので、初心者にはお勧めできません。
マインドフルなら、自分の内面と周囲で何が起こっているかに気付けますので、気付き次第選択的水やりをすれば、自分の心を自由自在にコントロールできます。また、自分が選択的水やりをするだけでなく、周囲の人にも選択的水やりをしてもらえるように依頼しておくことが賢明です。この選択的水やりは、八正道の「正精進」(正しい精進)のことです。
(11-12): 集中と解放
実習11-12は、心行を深く観て、洞察を得て根本原因を理解し、思いやりを発生させて心行を変容する実践です。深く観ることによって集中のエネルギーが発生し、その集中のエネルギーによって根本原因の洞察(理解)を得、洞察のエネルギーによって思いやりが発生し、思いやりのエネルギーによって恐れや不安といった心行が変容するのです。心行を変容することが、心の解放です。尚、実習11で得る根本原因の洞察(理解)とは、四諦の第二の真理(集諦:苦しみの原因)に該当します。また、実習12で達成する心行の変容とは、四諦の第三の真理(滅諦:苦しみの終わり)に該当します。
恐れや不安といった煩悩は、苦しみの原因です。従って、恐れや不安がある限り、あるがままの自分を無条件に受け容れることができなくなります。自己嫌悪になる場合もあります。常に考えてばかりで、心が過去に彷徨うと後悔や悲しみで苦しみ、未来に彷徨うと恐れや不安で苦しみます。この悪循環は、苦しみの根本原因を洞察を通して理解しない限り、断ち切ることはできません。断ち切れないと、たとえ意識的な呼吸で一時的に思考を停止できてマインドフルになれたとしても、何かの拍子に思考が復活して失念状態に戻ってしまうのです。
従って、安定的に思考を停止し、マインドフルな状態を長く継続するには、どうしても苦しみの根本原因を洞察を通して理解する必要があります。もちろん、それでも概念を絶滅できていませんので、たまには思考が復活してしまいます。それ故に、本物の実践者は毎日瞑想を欠かすことはなく(ティク・ナット・ハンは一日24時間瞑想している由)、常にマインドフルな状態を維持するための実践を怠りはしないのです。完全に一日24時間思考を停止する(マインドフルでいる)ためには、概念の絶滅によって、完全な悟りを開くしか方法はありません。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習5-8: 感情
(5-6): 喜びと幸せ
実習5-6(喜びと幸せの発生)は、実習1-2 で、マインドフルネスに自分自身を確立すると同時に、自動的に起こります。従って、実習5-6に持ってくるより、実習3-4にした方が時系列的には正しいです。但し、喜びと幸せは感情のカテゴリーに入りますので、実習5-6に持ってきたのだと推測します。いずれにせよ、実習1-2 でマインドフルな呼吸ができていれば、自分は目覚めた意識(本当の自分)に戻っていますので、生命の奇蹟に触れることができ、喜びと幸せが自動的に発生するのです。喜びと幸せの実感の表現としては、「花のように、何も考えることなく、ただ咲いている」(花を人間に置き換えると、「何も考えることなく、ただ微笑んでいる」)といったところでしょうか。
いくら意識を呼吸に集中しようとしても、自分の恐れや不安から思考を停止できない人(心が過去や未来を彷徨っていて、今この瞬間に戻れない人)は、残念ながらエゴ(偽りの自分)のままですので、喜びと幸せを発生させることはできません。従って、実習1-2によって喜びと幸せを発生させることができない人は、たとえ先へ進んだとしても、マインドフルネスのエネルギーがありませんので、認識し、抱きしめ(受容し)、痛みや苦しみを和らげて軽減することは不可能です。ですから、ティク・ナット・ハンは、「目覚めた意識(本当の自分)に戻れる迄、つまりマインドフルな呼吸や歩行ができるようになる迄、先へ進まないで意識的な呼吸や歩行を続けて下さい」と指導しています。ですから、実習5-6は、自分が正しいマインドフルネスを実践しているか否かを自分でチェックする方法とも言えます。
(7-8): 苦痛の感情
実習5-6は肯定的な感情に気付いて維持する実習ですが、実習7-8は否定的な感情(苦痛の感情)に気付いて静める実習です。実習3-4の全身を苦痛の感情に置き換えれば、することは全く同じです。マインドフルネスのエネルギーによって苦痛の感情を認識し、抱きしめ(受容し)、感情の中の緊張を解放することによって苦痛の感情を穏やかにするのです。
自分が感情を認識するということは、自分が感情の目撃者、観察者であるということです。従って、感情は自分自身ではありません。本当の自分は感情を目撃している目覚めた意識なのです。ですから、絶望のような強い感情であっても圧倒される必要はありません。ただ、眺めていればいつの間にか消えていきます。感情は無常(常に変化)であり、一時的に吹き荒れる嵐のようなものですので、慌てて反応してはいけません。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
「十六念息」の要点は以下の通りです。(原文と解説は次のURLをご参照ください。) http://compassion5151.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html
実習1-4: 体
(1-2): 呼吸
この最初の二つの実習(意識的な呼吸)は、非常に重要です。なぜなら、この最初の意識的な呼吸によって、思考、即ち知覚を停止し、マインドフルネスに自分自身を確立するからです。つまり、この最初の意識的な呼吸によって、自分自身をエゴ(独立した(自性)自己、偽りの自分)から目覚めた意識(独立していない(無自性)自己、本当の自分、法身)へ変容するのです。思考を停止できれば、この変容は自動的に一瞬で起こります。しかしながら、強い恐れや不安を持っている人は、いくら呼吸に意識を集中しようとしても、考え続けてしまって思考を停止できません。
留意すべき点は、この最初の段階でマインドフルネスに自分自身を確立しておかないと、三番目以降の実習効果は期待できないということです。ティク・ナット・ハンが、「一息(2~3秒)で本当の自分に戻れる」と言っているのは、正にこの最初の意識的な呼吸のことを意味すると、私は理解しています。
(3-4): 全身
最初の二つの実習(意識的な呼吸)でマインドフルネスに自分自身を確立できると、マインドフルネスのエネルギーによって、目覚めた意識が自動的に自分の内面と周囲で何が起こっているかを気付けるようになります。実際には、一気に全てに気付くことができる(同時にあらゆる洞察を得ることができる)のですが、実習ではステップを踏んで順番に対象に気付いていきます。対象とは、人間を構成する五蘊(体、感情、知覚、心行、意識)を意味し、具体的には3-4:体、7-8:感情、9-12:心行と意識、13-16:知覚の順で認識し、穏やかにしていきます(痛みや苦しみに気付いて静めていきます)。
まず、3-4では全身の痛みに気付いて、痛い部分の緊張を解放します。体と心は密接に影響を及ぼし合っていますので、体の痛みが激しいと意識を集中できなくなり、マインドフルネスに自分自身を確立できなくなります。従って、第一に全身の健康をマインドフルネスの光線でレントゲンの如くチェックし、不健康な部分は抱きしめて十分にケアしてあげることから始めるのです。以上の通り、マインドフルネスのエネルギーは、認識し、抱きしめ(受容し)、痛みや苦しみを和らげて軽減する機能を持っています。尚、マインドフルネスに自分自身を確立できるやいなや、停止する効果、休める効果、穏やかにする効果、癒す効果が一気に発生します。
(つづく)
(参考)https://www.youtube.com/watch?v=7eSuUDzwAWs
http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
ティク・ナット・ハンの書
次の金剛般若波羅蜜経(金剛経)に関するティク・ナット・ハンの法話ビデオを、45:34から深くご覧ください。
以下はビデオからの抜粋です。
引用:
もし、苦しみがなければ、あなたの子供が理解の仕方と愛し方を学ぶ方法はありません。私たちは善い人間として成長できません。
あなたが苦しみに通ずる時にのみ、理解を育むことができます。あなたが相手を理解する時、あなたはもはや相手を憎むことはなく、怒ることもありません。愛は理解に基づきます。もし、あなたが理解できないなら、愛することはできないのです。
もし、あなたがあなたのパートナーの苦しみと困難を理解していないなら、その人を愛し、幸せにすることはできません。それは非常に味気ないものです。
ですから、愛は理解からできています。理解とは、まず第一に苦痛の理解です。そして、あなたは他人の苦しみを理解する前に、まず自分の苦しみを理解しなければなりません。苦しみを理解することは、癒しと変容の力を持つ思いやりを生み出します。それは私たちが世界で最も必要とする類のエネルギーです。
私たちは理解と思いやりを生み出さなければなりません。なぜなら、これら2つの品目はスーパーマーケットでは見つけることができないからです。スーパーマーケットでは売っていません。スーパーマーケットは、苦しみを覆い隠すのを助けることができるものだけを売っています。
:引用終わり
(解説)
ティク・ナット・ハンは、「あなたが苦しみに通ずる時にのみ、理解を育むことができます」と言いました。理解とは洞察を意味し、洞察を得るためにはマインドフルネスと集中が不可欠です。この意味では、ティク・ナット・ハンの言葉は、私たちが苦しみに通ずるなら(私たちが苦しみの根本原因を理解するなら)、マインドフルになれるということを意味するのかもしれません。もしそうであれば、私の経験と一致します。
ティク・ナット・ハンは、意識的な呼吸や歩行でマインドフルになれる(思考を止め、本当の自分に戻ることができる)と頻繁に説いています。しかし、この指導は補足的なものであって、マインドフルになるための真の手法は、洞察を通して、自分自身の苦しみの根本原因を理解することであると、私は感じます。
それ故に、苦しみは大変貴重です。 苦しみは、愛を生み出す理解の基盤です。ですから、私たちは苦しみから逃げるべきではありません。 私たちは苦しみに直面しなければなりません。
自分自身の苦しみの根本原因を理解するためには、私たちはその苦しみにうんざりし、強く自分を変えたいと望む必要があります。この意図と決意が洞察を生み出します。苦しみを深く観る過程で、私たちは自動的にマインドフルになり集中することができるのです。
(参考)http://plumvillage.org/news/unconditional-acceptance/
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00KZJ34KO
ティク・ナット・ハンのフェイスブック・ページへの次の私の投稿をご参照ください。
https://www.facebook.com/thichnhathanh/posts/10154349910279635?comment_id=10154350854029635¬if_t=like¬if_id=1480597439075147
最近、ティク・ナット・ハンの教えには矛盾があると私は感じています。私の質問は、「恐れや不安を抱えている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのか?」です。
『無条件の自己受容が鍵です。 そのためには、洞察を通して苦しみの根本原因を理解する必要があります(この点はティク・ナット・ハンもよく理解されています)。そしてその洞察のためには、私たちはマインドフルで集中している必要があります。しかしながら、恐れや不安を抱えている人は、意識的な呼吸や歩行を通して、マインドフルになるために思考を止めることはできません。そして、真実はほとんどの人が考えるということであり、これは恐れや不安を抱えている証拠です。 この意味で、意識的な呼吸や歩行だけでは、マインドフルネスは達成不可能と言えます。
ティク・ナット・ハンが私の重要な質問に回答してくれることを私は願っています。私はティク・ナット・ハンの教えを学び実践し始める前に、洞察を通して私の苦しみの根本原因を理解していましたので、これは自分自身のためではありません。ティク・ナット・ハンの回答は多くの彼の信者と実践者に恩恵をもたらすでしょう。
私たちが目覚めた意識(独立していない自己、本当の自分)を復活させるなら、この地球の人間として、私たちは思考なしで存在できます。私(目覚めた意識)は、一日24時間中、非思考を体験しています。 言い換えれば、私は一日24時間中、停止し瞑想しています。ティク・ナット・ハンのような完全な悟りを開いている人々もまた同じことを体験しているに違いないと確信しています。そして、あなたは信じないかもしれませんが、熟睡状態の間、あなたは考えることができませんいので、目覚めた意識を復活させています。更には、全ての動物、植物、鉱物は考えませんので、常に目覚めた意識です。
その「もし」は、独立した自己から独立していない自己への自己変容を意味しますので、大きな「もし」です。完全な悟りのためには、全ての概念の絶滅が不可欠です。そのためには、究極の真理である「空」(相互依存、非分離、非差別、非二元性、全体性)を通して、全ての概念(思考)は誤っていることを理解する必要があります。
簡単に言えば、あなたはあまりにも考え過ぎなのかもしれません。考えているのは誰でしょうか?それは本当の自分ではありません。それは、あなたの両親から自分を守るために、あなたの傷ついた内なる子供(幼少期の本当の自分)によってでっち上げられたエゴ(偽の自分)です。ですから、あなたの幼少期に何が起こったのかを見つけ出す必要があります。それがあなたの恐れや不安の根本原因です。洞察を通して、私は全てのことを一瞬の内に見て、根本原因を理解しました。「(恐れや不安が生じるのは)無理もない!」 というのが私の第一印象でした。』
(解説)
私の上記質問に対する私の回答は次の通りです。
①意図:自分の苦しみにうんざりし、自分を変えたいと強く思う
②決意:自己変容
③洞察:自分の苦しみの根本原因を理解
④無条件の自己受容=無条件の自己愛
⑤煩悩なし:恐れや不安なし
⑥非思考:思考を止める
⑦マインドフルネス、集中、洞察
無条件の自己受容は、マインドフルネスの基盤です。無条件の自己受容なしでは、私たちは思考を止めることができませんので、マインドフルネスは不可能です。無条件の自己受容がなければ、マインドフルネスなし。無条件の自己受容のためには、洞察を通して自分の苦しみの根本原因を理解する必要があります。一度、私たちが自分の苦しみの根本原因の洞察を得ると、私たちはもはや恐れや不安がなくなりますので、思考を止めることができます。ですから、自分の苦しみの根本原因を理解した成果が、マインドフルネスなのです。マインドフルネスは、意識的な呼吸や歩行だけでは達成できません。自分の苦しみの根本原因を理解するためには、私たちは自分の苦しみにうんざりし、強く自分を変えたいと思う必要があります。
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
ティク・ナット・ハンのフェイスブック・ページへの次の私の投稿をご参照ください。
https://www.facebook.com/thichnhathanh/posts/10154349910279635?comment_id=10154350854029635¬if_t=like¬if_id=1480597439075147
最近、ティク・ナット・ハンの教えには矛盾があると私は感じています。 私の質問は、「恐れや不安を抱えている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのか?」です。私の理解するティク・ナット・ハンの教えは次の(1)の流れに基づいており、私の経験は次の(2)の流れに基づいていますので、この質問をしたいのです。
(1) マインドフルネス = 思考を止める ⇒ 集中 = 深く観る ⇒ 洞察 = 根本原因(現実の本質)を理解する ⇒ 愛と思いやりを発生させる ⇒ 変容
(2) 根本原因(現実の本質)を理解する = 洞察 ⇒ 無条件の自己受容 = 無条件の自己愛 ⇒ 恐れや不安なし ⇒ 非思考(考えない) ⇒ マインドフルネス
上記の2つの流れを要約すると、
(1) 苦しみの根本原因を理解するためには、マインドフルネス(思考を止めること)が不可欠。
(2) 思考を止める(マインドフルになる)ためには、根本原因を理解することが不可欠。
以下が私の投稿です。
『恐れや不安を持っている人は、どのようにして本当の自分に戻ることができるのでしょうか?彼らは自分の恐れや不安の根本原因を理解していない限り、意識的な呼吸や歩行を試みても、思考を止めることはできません。苦しみを認識し、抱きしめ、軽減し、深く観るためには、まず考えを止める必要があります。
誰が思考(脳)を観察するのでしょうか? それは目覚めた意識である、と私は理解しています。思考を止めることができた(脳の使用を止めることができた)場合にのみ、目覚めた意識が復活します。目覚めた意識はただエゴ(独立した自己)によって覆い隠されていただけなのです。これは私の経験です。ですから、脳(おそらく左脳)が思考を止めることはできると、私は確信しています。 言い換えれば、人間は考えることなく、ただ花のように咲くことができるということです。考えることなく、目覚めた意識は常に洞察を得ます。
私の上記質問に対する私自身の回答は、次の通りです。私たちは苦しみにうんざりし、自分自身を変えたいと強く思う必要があります。そうすれば、苦しみの根本原因の洞察を得る機会が増えます。一度、私たちがその洞察を得ると、もはや私たちには恐れや不安がなくなりますので、無条件に自分を受け容れ、思考を止めることができます。ですから、恐れや不安を抱えている人には、思考を止めてマインドフルになるために、意識的な呼吸や歩行は機能しないのです。』
(つづく)
(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436
ドナルド・トランプ次期大統領に関する次のインタビュー記事を深くご一読ください。 http://www.vox.com/science-and-health/2016/11/22/13638374/buddhist-monk-mindfulness
以下は、記事から抜粋した重要な語句です。
引用:
心を家として見てみましょう。もし、あなたの家が火事なら、火をつけた人を探しに行くのではなく、火に対処する必要があります。ですから、まずはその感情(恐れ)に対処してください。 それは優先事項です。なぜなら、恐れや不安や怒りから来るものは全て、その火を悪化させるだけだからです。これらの感情の炎を冷やすために、自分自身(独立していない自己、本当の自分)に戻って、穏やかで平和な場所を見つけてください。
集合的エネルギーとして、恐れや怒りは非常に破壊的なものになり得ます。もし、恐れ、怒り、誤った知覚に基づいているなら、私たちは誤った決断をします。これらの感情は私たちの心を曇らせます。ですから、仏教の伝統から学ぶ実践の第一事項は、自分自身(独立していない自己、本当の自分)に戻って、自分の感情に対処することです。 私たちは感情を認識するために、マインドフルネス(念)を使います。
怒りと怒りのエネルギー全てが変化を生み出すと、人々は確信しています。 しかし、あなたは対立しますので、実際には怒りとそのエネルギーは非常に破壊的です。対立はエネルギーを浪費します。対立は癒しにはなりません。
ある意味、私たち仏教徒は個性よりもエネルギーを見ます。 その方が、私たちがより賢くなるのに役立ちます。
思いやりは、あなたの部屋でじっと座っているものではありません。思いやりは、実際に非常に積極的で社会参画するものです。
私たちがトランプを生み出したのですから、共同責任を負っています。 私たちの文化、社会が彼を作ったのです。(中略)私たちは彼を、私たちの中に見る必要があります。
他の名前(トランプ)を叫ぶことによって(他人のせいにすることによって)、あなたは差別を終わらせることはできません。彼(トランプ)に投票した人々が皆、偏狭な人、人種差別主義者、女性嫌いというわけではありません。 私たちは皆、一方的な判断をしがちであり、時には少々人種差別主義者ですらあります。
私たちの社会は非常に二極化しており、非常に脆弱ですが、それをメディアは悪用しています。 私たちは本当に注意する必要があります。私はもうメディアに騙されはしません。
私は当時、ベトナムで子供でした。 私はこのような分離システムの下、生きていました。彼らは私たちを分離し、北と南と呼びました。私たちが欲しかったのは、独立と自身の生計を決定することだけでした。 私たちは民主主義が最高のものだと考えています。しかし、それ(分離システム)は民主主義ではないですよね。 私たちはそれ(分離システム)を他人に強制的に押し付け、分裂を引き起こしているのです。
自然に避難しに行って、あなたの心が消極的で絶望的だと感じない原因を見つけてください。 これは薬です。
憎しみと怒りにあなたの世界を奪わせないでください。
あなたが安定しているなら、その優しさを彼らに提供するためにただそこに居ることができます。 あなたが憎しみや恐れで満たされているなら、彼らを助けることはできません。人々が必要としているものは、あなたの恐れがないこと、安定性、堅実さ、透明さです。 これが、私たちの提供できるものです。
(つづく)
:引用終わり
(参考)
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10153883939529635/?type=2&theater
http://www.huffingtonpost.com/entry/zen-and-the-art-of-activism_us_58a118b6e4b094a129ec59af
タイ・ファップ・ダン
次の記事を深くご一読ください。
http://www.wkup.org/love-between-us/
以下は抜粋です。
引用:
師(ティク・ナット・ハン)の脳梗塞の直前に、その時は既にボルドーの病院に入院していましたが、師はベトナム語には師弟関係を言い表す専門用語があると説明しました。その用語はtinh thay tro(師弟愛)であり、tinh huynh de(絶対必要な両親)という言葉に非常に似ています。英語やフランス語にマスターと弟子の間の関係に言及する言葉がないのは残念だったと師は説明しました。師弟関係を表わす言葉が存在する必要があります。師弟関係は非常に重要です。
これは本当に、師(ティク・ナット・ハン)が私たちに中継する最も重要なものです。つまり、サンガのメンバー間の愛、師弟間の愛、兄弟姉妹間の愛、友人間の愛です。
私たちは常に自分と先生との間の関係を育むことができます。それは、私たちの内面の先生を見つけるということです。私たちは自分自身の中に先生、法(法身)を見つけます。なぜなら、自分自身の中に自分の先生や仏陀の本当の存在の気付きを持っている時、私たちは同じように振る舞い続けることはできないからです。例えば、同じように消費し続けたり、憎み続けたり、裁き続けたり、以前のように他人を批判し続けることはできなくなります。あなたが自分の中の先生に本当に気付いていると、そうすることはできないのです。なぜなら、そうすることが先生を傷つけることをあなたは知っているからです。
師(ティク・ナット・ハン)は、英語で‘Teacher-Studenthood’(先生と生徒間の愛、縁、愛情)という新しい単語を提案しました。しかし、師はその新語には本当に満足してはいないと言いました。フランス語でもまた、新語を待っています。新語を見つけるのは私たち次第です。私たちは新語をまだ有していませんが、マスターと弟子の関係は現実のものです。
:引用終わり
(解説)
私はよく似た話を、アジア応用仏教研究所の法師(ダルマ(法)の先生)であり所長でもあるファップ・カム師より聞きました。ファップ・カム師は、「マスターと弟子の関係と、教師と生徒の関係には差異があります。辞書によると、『マスターとは、他の人がその教えを受け容れ、追随する人のことであり、例えば禅マスターがそれに該当する。そして、弟子とは、他の教義の教え子、或いは信奉者、追随者のことである』となっています」と言いました。先生と生徒の関係は、知識交換のようなものにより近いです。生徒は先生が教えることに忠実ではないかもしれません。」と言いました。ですから、私は師弟関係は教師と生徒との関係よりもはるかに強力であると理解しています。その関係は、知識の伝達だけではなく、同じ精神的家族内の系統の伝授でもあるということです。
私はまた、仏陀は「あなたはあなた自身のマスターである。そして同様に、あなたはあなた自身の敵でもある」と言ったということを聞いたことがあります。「あなたはあなた自身のマスターである」とは、目覚めた意識(独立していない(無自性)自己)があなたの(独立した(自性)自己の)マスターであるということを意味すると私は理解しています。そして、「あなたはあなた自身の敵でもある」とは、エゴ(独立した(自性)自己)があなたの(独立していない(無自性)自己の)敵であるということを意味すると私は理解しています。ですから、「私たちの内面の先生」とは、目覚めた意識、独立していない(無自性)自己、本当の自分、全宇宙、宇宙体、法身、即ち仏陀を意味すると私は理解しています。
(参考)http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/notice-of-private-lessons-for-one-more.html
タイ・ファップ・リン

タイ・ファップ・リン(中央)