Saturday, August 9, 2014

無知の根本原因

仏陀ですら「無知の根本原因」については、はっきりと言及しませんでした。しかし、ある朝、無知の根本原因が脳裡に閃き、ひょんなことから解明できました。

「無知」とはこの地球の究極の真理である「相互依存」(空)を理解していないことです。無知の反対は相互依存(空)を理解している「智慧」です。仏陀は無知が全ての苦しみの根源であり、智慧が全ての幸福の根源であると説きました。苦しみの変容法と、苦しみの発生を予防する方法は智慧であると説いた訳です。

なぜこの智慧が非常に重要かと言うと、無知は「私は特別、別格、他より優秀」という自他を分離する「歪な見方(エゴ)」の原因となり、ひいては「誤った知覚」を生じさせる一方、智慧は「私たちは根本的に皆同じ」という分け隔てのない「正しい見方(本当の自分)」をもたらしてくれ、ひいては「正しい知覚」を得られるからです。

しかし、智慧を習得しても自己愛(自己受容)が欠如している限り、思いやりを実践できない(他を愛することができない)ことを実体験を通して確信しました。つまり、智慧だけでは苦しみの解決策及び予防策にはならないということです。それは、ダライ・ラマ法王さえ、「自己嫌悪」とは何かを理解できていないことからも想像がつきます。(以下ご参照)
http://www.rebelbuddha.com/2011/01/buddha-nature/

全ての物も現象も相互依存しているのですから、無知にも原因があることは仏陀は分かっていたはずです。理解していたけれど述べなかったのか、理解していなかったから述べなかったのかは定かではありませんが、私はこの度、無知の根本原因をはっきりと見極めることができました。もし仏陀が理解していたけれど述べなかったのなら、それは苦しみと幸福は相互依存していますので、苦しみを取り除くと幸福まで取り除いてしまうことを深く理解した上で、思いやりから沈黙していた可能性があります。

無知の根本原因は、幼児期に両親が子供をあるがまま受け容れなかったからだと確信しました。幼児期に両親からあるがままの自分を受け容れてもらえなかった(無条件の愛を与えてもらえなかった)子供は自分を好きになれません。場合によっては、自己嫌悪に陥ります。(意識的か無意識的かは別として、両親としては子供のためを思ってしたことでも、子供にとっては喜べないケースが多いかもしれません。)

子供は無条件に自分を受け容れてくれないと、恐れや不安から両親に怯えます。従って、両親から自分を守るために、「自分は特別、別格、優秀」という歪な見方であるエゴをでっち上げる必要が生じるのです。エゴは自他を分離しますので、自分を守るどころか苦しみの原因になることを子供は分かっていません。

エゴ(歪な見方、偽の自分)は当然、他を好きになることはできません。場合によっては、他を嫌います。自分を愛することができない人は、他も愛することができないのです。それどころか、エゴは自己中心的な態度をとってしまいます。

そうなると、当然、他から愛されなくなります。場合によっては、他から嫌われます。自分を好きになってくれない相手を愛することができる人は、そう多くはいません。通常、自分を好きになってくれない相手は愛しにくいものなのです。

結果的に、この子供は苦しみます。あるがままの自分を拒絶され、他から愛されず、嫌われることは苦しいものです。こうなると、なおさら自分を好きになれず、自己嫌悪に陥っていくという悪循環に入るのです。

(参考)「無条件の愛」についての私の理解は、次の通りです。
 http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-32627561