Friday, September 30, 2016

正思惟 = 非思考 = 洞察

次のポッド・キャスト(音源)を11:0319:35迄深く傾聴してください。
http://tnhaudio.org/2010/04/20/your-heart-is-like-a-flower/
以下は、ポッド・キャストからの抜粋です。

引用:
仏陀は、正思惟(正しい思考=非思考)を実践することを私たちに奨励しました。私たちは考える方法(=考えない方法)を知りませんので、苦しむのです。私たちは正思惟(正しい思考=非思考)を実践する方法を知りません。そして、誤った思考は多くの恐れ、怒り、分離、絶望をもたらします。

正思惟(正しい思考=非思考)は、私たちを神の王国平和の近くに私たちを連れて行ってくれます。正思惟(正しい思考=非思考)は、差別がない、怒りがない、分離がない類の思考ですので、生命の源へと私たちを連れ戻してくれます。

あなたが神の王国は存在しないと考える場合、神の王国とは将来的なあの世のことであり、あなたが死んだ後にのみそこへ行ける場所のことです。それは正思惟(正しい思考=非思考)ではありません。あなたの母親は(あなたとは)完全に別人であり、あなたはあなた母親は母親だけのことだと、あなたが考える場合、あなた方は二人の独立した人であり、それは正思惟(正しい思考=非思考)ではありません。 

あなたの母親の中にあなたを見ることができ、あなたの母親があなたの中にいて、あなた方が同じ生命の流れに属しているということを理解できる場合、それは正思惟(正しい思考=非思考)です。その思考は、あらゆる類の差別や怒りや憎しみを滅却し、愛と理解をもたらします。

感じのいい人が一緒に集まり、正思惟(正しい思考=非思考)を実践したとしましょう。すると、彼らはすぐに神の王国を、仏の浄土を構築することができます。全ては私たちの心の産物である、と仏陀は言いました。そして、私たちが集合的正思惟(正しい思考=非思考)を実践するなら、正に今、ここで、私たちは神の王国をもたらすことができ、仏の浄土をもたらすことができ、私たちのための平和と喜びをもたらすことができます。

私たちがプラム・ビレッジのアッパー・ハムレットについて話すとしましょう。プラム・ビレッジのアッパーハムレットとは、何でしょうか?それは、私たちの外部私たちの思考の外に存在するものでしょうか?あなたは、そのアッパー・ハムレットの中で座禅を組んでいます。プラム・ビレッジのアッパー・ハムレットは、集合的思考です。私たちは寄り集まり、座禅を組むためにアッパー・ハムレットを生み出したのです。プラム・ビレッジのアッパー・ハムレットは、集合的思考の産物です。

そして、アッパー・ハムレットの中には、非常に貴重なものがあります。マインドフルネスの実践があります。ここに私たちは寄り集まり、マインドフルネス、歩行のマインドフルネス、座禅のマインドフルネス、食べるマインドフルネス、話し考えるマインドフルネスを実践することに身を投じています。それ故に、アッパー・ハムレットが可能なのです。さもなくば、何か他のものになってしまいます。

私たちは、マインドフルネスの集合的エネルギー兄弟愛の集合的エネルギーを創造します。そして、友がアッパー・ハムレットへやって来ると、友はそれを感じるでしょう。ここには特別な何かがあります。そして、その特別な何かとは、集合的思考マインドフルネスと集中と兄弟愛の集合的エネルギーです。

私たちが鐘の音を聞く時、誰もが鐘の音に耳を傾け、自分の吸う息、吐く息を楽しみながら、誰もが沈黙していること、今ここで完全に存在していることに気付きます。そして、誰もが鐘を聞くことに自分の心と体の100%を注ぎ込んでいるかのようです。そのマインドフルネスのエネルギーは非常に強力です。沈黙があります。しかし、この種の沈黙は、とても人を動かす力があり、とても生き生きしており、とても平和です。そして、あなたはそのエネルギーがあなたの心と体の中に浸透するのを感じます。そして、あなたはその沈黙、その沈黙のエネルギーのおかげで、滋養と癒しを感じます。そして、その沈黙はアッパー・ハムレットの一部です。それは私たちの思考、集合的思考の集合的創造の一部です。
:引用終わり

(解説)
ティク・ナット・ハンの「正思惟」についての説明は、正に「洞察」の意味です。「正思惟」という単語は八正道に記載されていますので、ティク・ナット・ハンはその単語を使用しているのです。しかしながら、人々はその真の意味を誤解するかもしれませんので、「正思惟」は非常に油断なりません。「正思惟」(正しい思考)とは、非思考(考えないこと)を意味します。ですから、正見 (= 洞察)は、考えることなく直接、正語(正しい発言)と正業(正しい行動)をもたらすのです。真実は、エゴは考えるけれども、目覚めた意識は考えることなく洞察を得るということです。ですから、思考の主体と洞察を得る主体は異なります。

以下は、八正道の私の理解です。

(表側):
正念 正定 正見 (= 洞察) 正思惟 (= 非思考) 正語 正業 正命 正精進 (= 選択的水やり) 正念

(裏側):
誤念 (= 失念) 誤定 (= 分散) 誤見 (= 無知) 誤思惟 (= 思惟) 誤語 誤業 誤命 誤精進 誤念 (= 失念)

(注)念:マインドフルネス、定:集中、見:見方、思惟:思考、語:発言、業:行動、命:生計、精進:精進

(参考)http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS

プラム・ビレッジのステンドグラス(念・集中・洞察)