Saturday, December 31, 2016

七覚支 (3)

次のタイ・ファップ・ダンによる「七覚支(悟りの7要因)」に関する法話を深く傾聴してください。 http://deerpark.libsyn.com/2016-12-04-br-phap-dang-the-7-factors-of-awakening
以下はポッドキャストからの抜粋です。

引用:
(25:10~)
ですから、マインドフルネスとは、心が体へ戻り、今この瞬間に留まるということです。マインドフルネスとは、あなたが感じていることを何でもすること(エゴの否定的な感情に従うのではなく、目覚めた意識が触れた通りに行動すること)です。単純に聞こえますが、私たちの心は一度に多くのことをする(同時に複数のことをする)のが好きですので、たくさんの訓練が必要です。私たちの心は過去へ、未来へと遠くに逃げ出すことを好みます。 私たちの心は、考えることと計画することが非常に上手です。そして、私たちの心は走って走ってばかりいる白馬のようだと、仏陀は言いました。

(26:55~)
仏陀は、は私たちののようだと言いました。マインドフルネスの訓練をすることは、実際に、停止することに熱中するための心のトレーニングであり、走るのを止めるための心のトレーニングであり、思考さえ停止するための心のトレーニングです。思考には何も問題はありません。しかし、私たちは考え過ぎです。思考のほとんどは生産的ではありません。そして、私たちの思考のほとんどは非常に否定的です。思考には多くの不安と恐れがあります。心配があります。

ですから、マインドフルネスとは、ただ居るということです。一度に一つのことをしてください。本当にただ居るということです。私たちの心はとても狂っていますので。ですから、ただ居るということは訓練であり、全然簡単ではありません。馬、心の中の馬を訓練すること、それがマインドフルネスです。

(34:28~)
第二の悟りの要素は、ダルマ(法:仏陀の教え)の検証です。ですから、仏陀は悟りを定義することにおいて非常に明確でした。第一(要素)がマインドフルネス、今この瞬間において自分自身に戻ることです。心と体が一つになります。ですから、マインドフルネスなしでは、悟りはありません。いいですか?それは確かです。ですから、一瞬一瞬の目覚めた意識です。マインドフルネスは真の悟りです。真の命です!
:引用終わり

(つづく)

(解説)
マインドフルネスとは、思考を止めることです。私たちの行動(呼吸や歩行などの自動詞の行動は、目的語、即ち心の対象を要しませんので、思考を止めるのに最適です)に集中する時、思考を止めて、目覚めた意識が非思考になると同時に自動的に復活します。すると、私たち(目覚めた意識)は生命の奇跡と、自分の内面と周囲の現実の本質に触れることができます。ですから、私たちは常に洞察を得ることができ、いつでも愛と思いやりを発生させることができます。その結果、私たちの心はいつも穏やかで澄んでおり、その心が平和、喜び、幸せをもたらします。しかしながら、この段階はまだ一時的な悟りであり、全ての概念の絶滅を通した完全な悟りではありません

思考を止めることによってマインドフルになるためには、洞察を通して私たちの恐れや不安の根本原因を理解する必要があります。なぜなら、根本原因を理解しない限り、私たちは思考を止めることができないからです。それから、意識的な呼吸や歩行は、一時的に思考を止めて、苦しみの根本原因の洞察を得るのに、補足的な手法として役立つと理解しています。しかし、意識的な呼吸や歩行は、恐れや不安を持っている人にとってはあまり簡単なことではありません。なぜなら、意識的な呼吸や歩行中であっても、恐れや不安を持っている人が思考を止めるのは非常に難しいからです。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-62242338

歩行瞑想